要望書・見解等

2022年度


標題 要望書
日付 2023年2月8日
発信者 公益社団法人日本社会福祉士会 会長 西島 善久
公益社団法人日本精神保健福祉士協会 会長 田村 綾子
公益社団法人日本医療ソーシャルワーカー協会 会長 野口 百香
一般社団法人日本ソーシャルワーク教育学校連盟 会長 白澤 政和
提出先  こども政策担当大臣 小倉 將信 殿
 
 こども家庭庁の創設にあたり、子ども家庭施策の推進・充実と子どもを支援する体制の構築を図るため、以下の3点を要望いたします。

1.全ての小学校および中学校に、社会福祉士または精神保健福祉士をスクールソーシャルワーカーとして常勤配置(正規雇用)していただきたい。

2.新たに創設されるこども家庭センターに、社会福祉士または精神保健福祉士をソーシャルワーカーとして常勤で必置としていただきたい。

3.これら2点を実現するための財源の確保と財政措置を講じていただきたい。

 なお、要望内容に鑑み、文部科学大臣、厚生労働大臣にも提出させていただくことを申し添えます。

 

要望書提出の背景と理由

<総論>

○ 出生数が減少するなか、安心して子どもを産み、育てるには、それを支える安全・安心な社会の創造が不可欠である。しかしながら、現状の社会は、児童虐待、いじめ、貧困など、子どもの生活や生命さえも脅かされる危機状況がある。

○ すべての子どもは、自立した個人としてひとしく健やかに成長する権利を有しており、その権利を守り、育ちを保障することが国家としての責務である。

○ とりわけ児童虐待やいじめ、子どもの貧困等では、子どもの置かれている生活環境や心身の健康状態等を把握しながら予防・早期発見することが極めて重要であり、子どもの権利を擁護し、子どもに寄り添い、生活上の構造的な課題を理解しながら支援をおこなうソーシャルワークがいま求められている。

○ 現状では、児童虐待相談件数は令和3年度(速報値)で207,659件に達しており、毎年増加を続けている。子どもの生命が奪われる事件も多数あり、後を絶たない状況である。

○ いじめについても、文部科学省調査によると2021年度の小中高校と特別支援学校での児童生徒のいじめや暴力行為の認知件数は615,351件と2020年度から19.0%上昇し、過去最多となっている。

○ こうした状況を改善すべく、子どもが生活する場(地域や学校など)を拠点に、子どもの虐待やいじめを予防する地域での活動をはじめ、個々の虐待の恐れのある家庭やいじめの兆候を敏感に察知し、適切な支援を行い、家族の再生や人間関係の調整まで支援するのが社会福祉士や精神保健福祉士である。

○ 現状の社会福祉士は高齢や障害領域で、精神保健福祉士は、医療や障害領域で雇用される機会が多く、子ども領域で仕事に従事する者は極めて少ない。公益財団法人社会福祉振興・試験センターの行った「令和2年度社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士就労状況調査」では、児童・母子福祉関係で就労する社会福祉士は8.2%、精神保健福祉士は5.3%に過ぎない。

○ 日本ソーシャルワーク教育学校連盟が2022年に実施した今年度卒業予定の現役大学生に対する調査(n=5,706人)では、関心がある分野では、「児童・母子分野」(38.1%)が最も多くなっている。また、取り組んでみたい・関心がある領域についても、「子ども・子育て支援、児童虐待防止」(35.6%)が最も高くなっており、子ども領域への関心が高く、取り組んでみたいと思っている。

○ しかしながら、この日本ソーシャルワーク教育学校連盟の調査では、就職予定先・活動先は高齢者分野(27.9%)や障害者分野(24.7%)が圧倒的に多く、子ども家庭分野に関心はあるものの就労に結びついていない現状が明らかとなった。

○ つまり、ソーシャルワークの専門的知識・技術を学び、子ども家庭分野に関心があっても、子ども家庭分野の就労先が少ないこと、不安定な雇用形態が多いことなどが障壁となって、子ども家庭分野への就労に至らない構造的な課題がある。

○ 子どもたちの心身の健康と生活の構造的な課題を理解し解消・解決していく支援体制の構築、専門的なソーシャルワークの人材の配置、安定的な専門人材の確保を、財源確保・財政措置も含めて進めなければ、子どもが安心して育つことができる社会を創るには至らない。

○ 現状、子ども家庭分野において社会福祉士・精神保健福祉士の配置は十分とは言えないが、ソーシャルワークの専門的知識・技術を学んでいる現役大学生の就労に関する動向(子ども領域に関心が最も高い、子ども子育て支援・児童虐待に取り組みたい、正規職員による就労を希望)に鑑みれば、子ども家庭に関する関係機関等(行政機関、小中学校、社会福祉法人等)に社会福祉士または精神保健福祉士を正規職員として必置することとなれば、今後、ソーシャルワークの専門的人材を十分かつ安定的に確保することが可能となり、課題を抱える子どもへの支援体制が強化され、すべての子どもが等しく健やかに成長できる社会をつくることにつながる。

 

<各論>

1.全ての小学校および中学校に、社会福祉士または精神保健福祉士をスクールソーシャルワーカーとして常勤配置(正規雇用)していただきたい。

○ スクールソーシャルワーカーの配置は徐々に進んできたが、未だ全小学校や中学校に配置されるに至っていない。全国に小学校は19,161校、中学校は10,012校あり、文部科学省は2019(平成31)年度までに1万人のスクールソーシャルワーカーを全中学校区に配置することを目指したが、採用されているソーシャルワーカーの数は3,091人(令和3年度)と程遠い状況になっている。また、社会福祉士や精神保健福祉士のソーシャルワーカーの配置を進めているが、社会福祉士は63.9%、精神保健福祉士は33.9%である。

[表 スクールソーシャルワーカーの有する資格の推移](PDF版参照)
[表 スクールソーシャルワーカーをしている社会福祉士の雇用形態](PDF版参照)
[表 スクールソーシャルワーカーをしている社会福祉士の雇用形態別平均年収](PDF版参照)

○ スクールソーシャルワーカーの配置において特に重要な課題は、例えば「令和2年度社会福祉士就労状況調査」によると、正規雇用は僅か6%に過ぎないことに代表される雇用形態の改善であり、スクールソーシャルワーカーは契約職員(有期労働)とパートタイム職員(短時間労働)が93%を占めている。当然のことであるが、待遇にも大きな格差があり、正規職員のスクールソーシャルワーカーの平均年収は464.0万円に対して、契約職員(有期労働)は295.4万円、パートタイム職員(短時間労働)は240.6万円となっている。こうした現状が、上記のように子ども家庭分野に関心や就労希望が強いにもかかわらず、スクールソーシャルワーカーになることを妨げる大きな要因となっている。

○ 社会福祉士や精神保健福祉士をスクールソーシャルワーカーとして正規雇用することができれば、より積極的に教員と連携し学校内での介入を行うことや、児童・生徒を取り巻く家庭や地域環境への働きかけを迅速に行うことで、いじめや虐待の早期発見・対応が可能となる。こうした業務は、学校内だけでなく、児童相談所をはじめ、医療機関や警察や地域の団体との連携により推進できるものである。

○ 社会福祉士や精神保健福祉士は、養成課程や卒後研修等において、これらの専門的対応についての知識や技術を理論的にも実践的にも学んでいる。こうした人材をスクールソーシャルワーカーとして個々の学校に常勤配置することで、子どもの権利が擁護され、いじめや虐待の予防から問題解決に至るまでの支援を行うことができる。

○ なお、高校生においても、スクールソーシャルワーカーの支援や介入を要する事態は現に発生しており、ゆくゆくは高等学校における配置も整備することが望まれる。


2.新たに創設されるこども家庭センターに、社会福祉士または精神保健福祉士をソーシャルワーカーとして常勤で必置としていただきたい。

○ こども家庭庁が所管するこども家庭センターは、全ての妊産婦、子育て世帯、子どもへの一体的な相談支援を行う機関と位置づけられ、虐待、貧困、要介護者の介護や世話を日常的に担う「ヤングケアラー」など、課題を抱える子どもや家庭に対して支援するだけでなく、子どもが家庭や学校以外で安心して過ごせる居場所づくりの支援や保護者が育児の負担を軽減するための支援を行っていくことになっている。

○ 社会福祉士や精神保健福祉士は子どもやその親に対する個別支援を実施し、課題の解決を図っていくとともに、そうした子どもが安全・安心して過ごせる地域づくりを含めた支援を行うために必要な知識や技術を養成教育で身につけ現場で実践している。こども家庭センターに求められる機能において、ソーシャルワーカーの果たすべき役割は極めて大きく、支援の質を保証する観点からも必要となる技術や知識を有する有資格者の配置が欠かせない。

○ こども家庭センターは、母子保健法に基づく子育て世代包括支援センターと児童福祉法に基づく子ども家庭総合支援拠点を一体化して創設されることになっている。

○ 子育て世代包括支援センターの現状は、設置自治体数は1,647自治体、設置個所数は2,486箇所(令和4年4月1日時点 厚生労働省母子保健課調べ)となっており、全市区町村の94.6%に設置されている。そこでの職員配置は、保健師等を1名以上配置することとされ、担当職員としてソーシャルワーカー(社会福祉士等)のみを配置する場合には、近隣の市町村保健センター等の保健師、助産師又は看護師との連携体制を確保することとなっている。

○ 他方、子ども家庭総合支援拠点は、設置自治体数が635自治体(令和3年4月1日時点)で、設置箇所数は716箇所になっている。全市区町村の36.5%に設置されている。職員として子ども家庭支援員、虐待対応専門員、心理担当支援員を配置することとしている。子ども家庭支援員については、(ア)実情の把握、(イ)相談対応、(ウ)総合調整、(エ)調査、支援及び指導等、(オ)他関係機関等との連携を行うとし、社会福祉士、精神保健福祉士、医師、保健師、保育士等としており、当分の間は厚生労働大臣が定める基準に適合する研修を受けた者も認めることとしている。虐待対応専門員については、(ア) 虐待相談、(イ)虐待が認められる家庭等への支援、(ウ)児童相談所、保健所、市町村保健センターなど関係機関との連携及び調整を行うとしており、社会福祉士、精神保健福祉士、医師、保健師等としており、当分の間は厚生労働大臣が定める基準に適合する研修を受けた者も認めることとしている。

○ 子ども家庭総合支援拠点での配置状況(令和2年4月1日時点)は、子ども家庭支援員は1,851名配置されており、その内、社会福祉士334名(18.0%)、精神保健福祉士26名(1.4%)となっている。虐待対応専門員については1,382名が配置されており、社会福祉士375名(27.1%)、精神保健福祉士47名(2.5%)となっており、現状は、両職種とも当分の間は厚生労働大臣が定める基準に適合する研修を受けた者が多くを担っている現状にある。両職種は、子どもや保護者への個別支援から生活環境の調整(多職種・多機関との連携や地域づくりなど)などのソーシャルワークの機能を果たすには相応の専門教育が必要であり、これらの教育を受けた社会福祉士や精神保健福祉士に求められる役割は大きい。

○ これらの役割を担い、子どもへの支援を充実させるため、今回創設されるこども家庭センターでは、社会福祉士または精神保健福祉士を、虐待対応はもとより子育て世帯への相談支援から地域づくりに至る業務を推進するソーシャルワーク専門職として位置づけ、必置としていただきたい。そのことにより、こども家庭センターは、子どもの権利を擁護し、子どもたちが健やかに育まれる地域の拠点として機能できるものと確信している。


3.これら2点を実現するための財源の確保と財政措置を講じていただきたい。

○ 子ども家庭にかかる施策を実効性の高いものとするため、相応の財源の確保と財政措置が不可欠となる。とりわけ、『こども基本法』に掲げる理念を実現するために、福祉(厚生労働省)、教育(文部科学省)、子どもの貧困対策(内閣府)にかかる財源を一体的かつ十分に確保するとともに、地方自治体に対して必要な財政措置を講じるべきである。

○ 現実的には自治体ごとの人口規模や子どもの数、各学校における児童・生徒数には大きな違いがあることから、規模に応じて適正な人員配置が成されることが望ましい。

  以上
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標題 要望書
日付 2023年1月31日
発信者 公益社団法人日本社会福祉士会 会長 西島 善久
公益社団法人日本精神保健福祉士協会 会長 田村 綾子
公益社団法人日本医療ソーシャルワーカー協会 会長 野口 百香
一般社団法人日本ソーシャルワーク教育学校連盟 会長 白澤 政和
提出先  厚生労働大臣 加藤 勝信 殿
 
 こども家庭庁の創設にあたり、子ども家庭施策の推進・充実と子どもを支援する体制の構築を図るため、以下の3点を要望いたします。

1.全ての小学校および中学校に、社会福祉士または精神保健福祉士をスクールソーシャルワーカーとして常勤配置(正規雇用)していただきたい。

2.新たに創設されるこども家庭センターに、社会福祉士または精神保健福祉士をソーシャルワーカーとして常勤で必置としていただきたい。

3.これら2点を実現するための財源の確保と財政措置を講じていただきたい。

 なお、要望内容に鑑み、内閣府こども政策担当大臣、文部科学大臣にも提出させていただくことを申し添えます。

 

要望書提出の背景と理由

<総論>

○ 出生数が減少するなか、安心して子どもを産み、育てるには、それを支える安全・安心な社会の創造が不可欠である。しかしながら、現状の社会は、児童虐待、いじめ、貧困など、子どもの生活や生命さえも脅かされる危機状況がある。

○ すべての子どもは、自立した個人としてひとしく健やかに成長する権利を有しており、その権利を守り、育ちを保障することが国家としての責務である。

○ とりわけ児童虐待やいじめ、子どもの貧困等では、子どもの置かれている生活環境や心身の健康状態等を把握しながら予防・早期発見することが極めて重要であり、子どもの権利を擁護し、子どもに寄り添い、生活上の構造的な課題を理解しながら支援をおこなうソーシャルワークがいま求められている。

○ 現状では、児童虐待相談件数は令和3年度(速報値)で207,659件に達しており、毎年増加を続けている。子どもの生命が奪われる事件も多数あり、後を絶たない状況である。

○ いじめについても、文部科学省調査によると2021年度の小中高校と特別支援学校での児童生徒のいじめや暴力行為の認知件数は615,351件と2020年度から19.0%上昇し、過去最多となっている。

○ こうした状況を改善すべく、子どもが生活する場(地域や学校など)を拠点に、子どもの虐待やいじめを予防する地域での活動をはじめ、個々の虐待の恐れのある家庭やいじめの兆候を敏感に察知し、適切な支援を行い、家族の再生や人間関係の調整まで支援するのが社会福祉士や精神保健福祉士である。

○ 現状の社会福祉士は高齢や障害領域で、精神保健福祉士は、医療や障害領域で雇用される機会が多く、子ども領域で仕事に従事する者は極めて少ない。公益財団法人社会福祉振興・試験センターの行った「令和2年度社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士就労状況調査」では、児童・母子福祉関係で就労する社会福祉士は8.2%、精神保健福祉士は5.3%に過ぎない。

○ 日本ソーシャルワーク教育学校連盟が2022年に実施した今年度卒業予定の現役大学生に対する調査(n=5,706人)では、関心がある分野では、「児童・母子分野」(38.1%)が最も多くなっている。また、取り組んでみたい・関心がある領域についても、「子ども・子育て支援、児童虐待防止」(35.6%)が最も高くなっており、子ども領域への関心が高く、取り組んでみたいと思っている。

○ しかしながら、この日本ソーシャルワーク教育学校連盟の調査では、就職予定先・活動先は高齢者分野(27.9%)や障害者分野(24.7%)が圧倒的に多く、子ども家庭分野に関心はあるものの就労に結びついていない現状が明らかとなった。

○ つまり、ソーシャルワークの専門的知識・技術を学び、子ども家庭分野に関心があっても、子ども家庭分野の就労先が少ないこと、不安定な雇用形態が多いことなどが障壁となって、子ども家庭分野への就労に至らない構造的な課題がある。

○ 子どもたちの心身の健康と生活の構造的な課題を理解し解消・解決していく支援体制の構築、専門的なソーシャルワークの人材の配置、安定的な専門人材の確保を、財源確保・財政措置も含めて進めなければ、子どもが安心して育つことができる社会を創るには至らない。

○ 現状、子ども家庭分野において社会福祉士・精神保健福祉士の配置は十分とは言えないが、ソーシャルワークの専門的知識・技術を学んでいる現役大学生の就労に関する動向(子ども領域に関心が最も高い、子ども子育て支援・児童虐待に取り組みたい、正規職員による就労を希望)に鑑みれば、子ども家庭に関する関係機関等(行政機関、小中学校、社会福祉法人等)に社会福祉士または精神保健福祉士を正規職員として必置することとなれば、今後、ソーシャルワークの専門的人材を十分かつ安定的に確保することが可能となり、課題を抱える子どもへの支援体制が強化され、すべての子どもが等しく健やかに成長できる社会をつくることにつながる。

 

<各論>

1.全ての小学校および中学校に、社会福祉士または精神保健福祉士をスクールソーシャルワーカーとして常勤配置(正規雇用)していただきたい。

○ スクールソーシャルワーカーの配置は徐々に進んできたが、未だ全小学校や中学校に配置されるに至っていない。全国に小学校は19,161校、中学校は10,012校あり、文部科学省は2019(平成31)年度までに1万人のスクールソーシャルワーカーを全中学校区に配置することを目指したが、採用されているソーシャルワーカーの数は3,091人(令和3年度)と程遠い状況になっている。また、社会福祉士や精神保健福祉士のソーシャルワーカーの配置を進めているが、社会福祉士は63.9%、精神保健福祉士は33.9%である。

[表 スクールソーシャルワーカーの有する資格の推移](PDF版参照)
[表 スクールソーシャルワーカーをしている社会福祉士の雇用形態](PDF版参照)
[表 スクールソーシャルワーカーをしている社会福祉士の雇用形態別平均年収](PDF版参照)

○ スクールソーシャルワーカーの配置において特に重要な課題は、例えば「令和2年度社会福祉士就労状況調査」によると、正規雇用は僅か6%に過ぎないことに代表される雇用形態の改善であり、スクールソーシャルワーカーは契約職員(有期労働)とパートタイム職員(短時間労働)が93%を占めている。当然のことであるが、待遇にも大きな格差があり、正規職員のスクールソーシャルワーカーの平均年収は464.0万円に対して、契約職員(有期労働)は295.4万円、パートタイム職員(短時間労働)は240.6万円となっている。こうした現状が、上記のように子ども家庭分野に関心や就労希望が強いにもかかわらず、スクールソーシャルワーカーになることを妨げる大きな要因となっている。

○ 社会福祉士や精神保健福祉士をスクールソーシャルワーカーとして正規雇用することができれば、より積極的に教員と連携し学校内での介入を行うことや、児童・生徒を取り巻く家庭や地域環境への働きかけを迅速に行うことで、いじめや虐待の早期発見・対応が可能となる。こうした業務は、学校内だけでなく、児童相談所をはじめ、医療機関や警察や地域の団体との連携により推進できるものである。

○ 社会福祉士や精神保健福祉士は、養成課程や卒後研修等において、これらの専門的対応についての知識や技術を理論的にも実践的にも学んでいる。こうした人材をスクールソーシャルワーカーとして個々の学校に常勤配置することで、子どもの権利が擁護され、いじめや虐待の予防から問題解決に至るまでの支援を行うことができる。

○ なお、高校生においても、スクールソーシャルワーカーの支援や介入を要する事態は現に発生しており、ゆくゆくは高等学校における配置も整備することが望まれる。


2.新たに創設されるこども家庭センターに、社会福祉士または精神保健福祉士をソーシャルワーカーとして常勤で必置としていただきたい。

○ こども家庭庁が所管するこども家庭センターは、全ての妊産婦、子育て世帯、子どもへの一体的な相談支援を行う機関と位置づけられ、虐待、貧困、要介護者の介護や世話を日常的に担う「ヤングケアラー」など、課題を抱える子どもや家庭に対して支援するだけでなく、子どもが家庭や学校以外で安心して過ごせる居場所づくりの支援や保護者が育児の負担を軽減するための支援を行っていくことになっている。

○ 社会福祉士や精神保健福祉士は子どもやその親に対する個別支援を実施し、課題の解決を図っていくとともに、そうした子どもが安全・安心して過ごせる地域づくりを含めた支援を行うために必要な知識や技術を養成教育で身につけ現場で実践している。こども家庭センターに求められる機能において、ソーシャルワーカーの果たすべき役割は極めて大きく、支援の質を保証する観点からも必要となる技術や知識を有する有資格者の配置が欠かせない。

○ こども家庭センターは、母子保健法に基づく子育て世代包括支援センターと児童福祉法に基づく子ども家庭総合支援拠点を一体化して創設されることになっている。

○ 子育て世代包括支援センターの現状は、設置自治体数は1,647自治体、設置個所数は2,486箇所(令和4年4月1日時点 厚生労働省母子保健課調べ)となっており、全市区町村の94.6%に設置されている。そこでの職員配置は、保健師等を1名以上配置することとされ、担当職員としてソーシャルワーカー(社会福祉士等)のみを配置する場合には、近隣の市町村保健センター等の保健師、助産師又は看護師との連携体制を確保することとなっている。

○ 他方、子ども家庭総合支援拠点は、設置自治体数が635自治体(令和3年4月1日時点)で、設置箇所数は716箇所になっている。全市区町村の36.5%に設置されている。職員として子ども家庭支援員、虐待対応専門員、心理担当支援員を配置することとしている。子ども家庭支援員については、(ア)実情の把握、(イ)相談対応、(ウ)総合調整、(エ)調査、支援及び指導等、(オ)他関係機関等との連携を行うとし、社会福祉士、精神保健福祉士、医師、保健師、保育士等としており、当分の間は厚生労働大臣が定める基準に適合する研修を受けた者も認めることとしている。虐待対応専門員については、(ア) 虐待相談、(イ)虐待が認められる家庭等への支援、(ウ)児童相談所、保健所、市町村保健センターなど関係機関との連携及び調整を行うとしており、社会福祉士、精神保健福祉士、医師、保健師等としており、当分の間は厚生労働大臣が定める基準に適合する研修を受けた者も認めることとしている。

○ 子ども家庭総合支援拠点での配置状況(令和2年4月1日時点)は、子ども家庭支援員は1,851名配置されており、その内、社会福祉士334名(18.0%)、精神保健福祉士26名(1.4%)となっている。虐待対応専門員については1,382名が配置されており、社会福祉士375名(27.1%)、精神保健福祉士47名(2.5%)となっており、現状は、両職種とも当分の間は厚生労働大臣が定める基準に適合する研修を受けた者が多くを担っている現状にある。両職種は、子どもや保護者への個別支援から生活環境の調整(多職種・多機関との連携や地域づくりなど)などのソーシャルワークの機能を果たすには相応の専門教育が必要であり、これらの教育を受けた社会福祉士や精神保健福祉士に求められる役割は大きい。

○ これらの役割を担い、子どもへの支援を充実させるため、今回創設されるこども家庭センターでは、社会福祉士または精神保健福祉士を、虐待対応はもとより子育て世帯への相談支援から地域づくりに至る業務を推進するソーシャルワーク専門職として位置づけ、必置としていただきたい。そのことにより、こども家庭センターは、子どもの権利を擁護し、子どもたちが健やかに育まれる地域の拠点として機能できるものと確信している。


3.これら2点を実現するための財源の確保と財政措置を講じていただきたい。

○ 子ども家庭にかかる施策を実効性の高いものとするため、相応の財源の確保と財政措置が不可欠となる。とりわけ、『こども基本法』に掲げる理念を実現するために、福祉(厚生労働省)、教育(文部科学省)、子どもの貧困対策(内閣府)にかかる財源を一体的かつ十分に確保するとともに、地方自治体に対して必要な財政措置を講じるべきである。

○ 現実的には自治体ごとの人口規模や子どもの数、各学校における児童・生徒数には大きな違いがあることから、規模に応じて適正な人員配置が成されることが望ましい。

  以上
  [PDF版はこちら(319KB)] 
 ▲上へもどる

標題 要望書
日付 2023年1月30日
発信者 公益社団法人日本社会福祉士会 会長 西島 善久
公益社団法人日本精神保健福祉士協会 会長 田村 綾子
公益社団法人日本医療ソーシャルワーカー協会 会長 野口 百香
一般社団法人日本ソーシャルワーク教育学校連盟 会長 白澤 政和
提出先  文部科学大臣 永岡 桂子 殿
 
 こども家庭庁の創設にあたり、子ども家庭施策の推進・充実と子どもを支援する体制の構築を図るため、以下の3点を要望いたします。

1.全ての小学校および中学校に、社会福祉士または精神保健福祉士をスクールソーシャルワーカーとして常勤配置(正規雇用)していただきたい。

2.新たに創設されるこども家庭センターに、社会福祉士または精神保健福祉士をソーシャルワーカーとして常勤で必置としていただきたい。

3.これら2点を実現するための財源の確保と財政措置を講じていただきたい。

 なお、要望内容に鑑み、内閣府こども政策担当大臣、厚生労働大臣にも提出させていただくことを申し添えます。

 

要望書提出の背景と理由

<総論>

○ 出生数が減少するなか、安心して子どもを産み、育てるには、それを支える安全・安心な社会の創造が不可欠である。しかしながら、現状の社会は、児童虐待、いじめ、貧困など、子どもの生活や生命さえも脅かされる危機状況がある。

○ すべての子どもは、自立した個人としてひとしく健やかに成長する権利を有しており、その権利を守り、育ちを保障することが国家としての責務である。

○ とりわけ児童虐待やいじめ、子どもの貧困等では、子どもの置かれている生活環境や心身の健康状態等を把握しながら予防・早期発見することが極めて重要であり、子どもの権利を擁護し、子どもに寄り添い、生活上の構造的な課題を理解しながら支援をおこなうソーシャルワークがいま求められている。

○ 現状では、児童虐待相談件数は令和3年度(速報値)で207,659件に達しており、毎年増加を続けている。子どもの生命が奪われる事件も多数あり、後を絶たない状況である。

○ いじめについても、文部科学省調査によると2021年度の小中高校と特別支援学校での児童生徒のいじめや暴力行為の認知件数は615,351件と2020年度から19.0%上昇し、過去最多となっている。

○ こうした状況を改善すべく、子どもが生活する場(地域や学校など)を拠点に、子どもの虐待やいじめを予防する地域での活動をはじめ、個々の虐待の恐れのある家庭やいじめの兆候を敏感に察知し、適切な支援を行い、家族の再生や人間関係の調整まで支援するのが社会福祉士や精神保健福祉士である。

○ 現状の社会福祉士は高齢や障害領域で、精神保健福祉士は、医療や障害領域で雇用される機会が多く、子ども領域で仕事に従事する者は極めて少ない。公益財団法人社会福祉振興・試験センターの行った「令和2年度社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士就労状況調査」では、児童・母子福祉関係で就労する社会福祉士は8.2%、精神保健福祉士は5.3%に過ぎない。

○ 日本ソーシャルワーク教育学校連盟が2022年に実施した今年度卒業予定の現役大学生に対する調査(n=5,706人)では、関心がある分野では、「児童・母子分野」(38.1%)が最も多くなっている。また、取り組んでみたい・関心がある領域についても、「子ども・子育て支援、児童虐待防止」(35.6%)が最も高くなっており、子ども領域への関心が高く、取り組んでみたいと思っている。

○ しかしながら、この日本ソーシャルワーク教育学校連盟の調査では、就職予定先・活動先は高齢者分野(27.9%)や障害者分野(24.7%)が圧倒的に多く、子ども家庭分野に関心はあるものの就労に結びついていない現状が明らかとなった。

○ つまり、ソーシャルワークの専門的知識・技術を学び、子ども家庭分野に関心があっても、子ども家庭分野の就労先が少ないこと、不安定な雇用形態が多いことなどが障壁となって、子ども家庭分野への就労に至らない構造的な課題がある。

○ 子どもたちの心身の健康と生活の構造的な課題を理解し解消・解決していく支援体制の構築、専門的なソーシャルワークの人材の配置、安定的な専門人材の確保を、財源確保・財政措置も含めて進めなければ、子どもが安心して育つことができる社会を創るには至らない。

○ 現状、子ども家庭分野において社会福祉士・精神保健福祉士の配置は十分とは言えないが、ソーシャルワークの専門的知識・技術を学んでいる現役大学生の就労に関する動向(子ども領域に関心が最も高い、子ども子育て支援・児童虐待に取り組みたい、正規職員による就労を希望)に鑑みれば、子ども家庭に関する関係機関等(行政機関、小中学校、社会福祉法人等)に社会福祉士または精神保健福祉士を正規職員として必置することとなれば、今後、ソーシャルワークの専門的人材を十分かつ安定的に確保することが可能となり、課題を抱える子どもへの支援体制が強化され、すべての子どもが等しく健やかに成長できる社会をつくることにつながる。

 

<各論>

1.全ての小学校および中学校に、社会福祉士または精神保健福祉士をスクールソーシャルワーカーとして常勤配置(正規雇用)していただきたい。

○ スクールソーシャルワーカーの配置は徐々に進んできたが、未だ全小学校や中学校に配置されるに至っていない。全国に小学校は19,161校、中学校は10,012校あり、文部科学省は2019(平成31)年度までに1万人のスクールソーシャルワーカーを全中学校区に配置することを目指したが、採用されているソーシャルワーカーの数は3,091人(令和3年度)と程遠い状況になっている。また、社会福祉士や精神保健福祉士のソーシャルワーカーの配置を進めているが、社会福祉士は63.9%、精神保健福祉士は33.9%である。

[表 スクールソーシャルワーカーの有する資格の推移](PDF版参照)
[表 スクールソーシャルワーカーをしている社会福祉士の雇用形態](PDF版参照)
[表 スクールソーシャルワーカーをしている社会福祉士の雇用形態別平均年収](PDF版参照)

○ スクールソーシャルワーカーの配置において特に重要な課題は、例えば「令和2年度社会福祉士就労状況調査」によると、正規雇用は僅か6%に過ぎないことに代表される雇用形態の改善であり、スクールソーシャルワーカーは契約職員(有期労働)とパートタイム職員(短時間労働)が93%を占めている。当然のことであるが、待遇にも大きな格差があり、正規職員のスクールソーシャルワーカーの平均年収は464.0万円に対して、契約職員(有期労働)は295.4万円、パートタイム職員(短時間労働)は240.6万円となっている。こうした現状が、上記のように子ども家庭分野に関心や就労希望が強いにもかかわらず、スクールソーシャルワーカーになることを妨げる大きな要因となっている。

○ 社会福祉士や精神保健福祉士をスクールソーシャルワーカーとして正規雇用することができれば、より積極的に教員と連携し学校内での介入を行うことや、児童・生徒を取り巻く家庭や地域環境への働きかけを迅速に行うことで、いじめや虐待の早期発見・対応が可能となる。こうした業務は、学校内だけでなく、児童相談所をはじめ、医療機関や警察や地域の団体との連携により推進できるものである。

○ 社会福祉士や精神保健福祉士は、養成課程や卒後研修等において、これらの専門的対応についての知識や技術を理論的にも実践的にも学んでいる。こうした人材をスクールソーシャルワーカーとして個々の学校に常勤配置することで、子どもの権利が擁護され、いじめや虐待の予防から問題解決に至るまでの支援を行うことができる。

○ なお、高校生においても、スクールソーシャルワーカーの支援や介入を要する事態は現に発生しており、ゆくゆくは高等学校における配置も整備することが望まれる。


2.新たに創設されるこども家庭センターに、社会福祉士または精神保健福祉士をソーシャルワーカーとして常勤で必置としていただきたい。

○ こども家庭庁が所管するこども家庭センターは、全ての妊産婦、子育て世帯、子どもへの一体的な相談支援を行う機関と位置づけられ、虐待、貧困、要介護者の介護や世話を日常的に担う「ヤングケアラー」など、課題を抱える子どもや家庭に対して支援するだけでなく、子どもが家庭や学校以外で安心して過ごせる居場所づくりの支援や保護者が育児の負担を軽減するための支援を行っていくことになっている。

○ 社会福祉士や精神保健福祉士は子どもやその親に対する個別支援を実施し、課題の解決を図っていくとともに、そうした子どもが安全・安心して過ごせる地域づくりを含めた支援を行うために必要な知識や技術を養成教育で身につけ現場で実践している。こども家庭センターに求められる機能において、ソーシャルワーカーの果たすべき役割は極めて大きく、支援の質を保証する観点からも必要となる技術や知識を有する有資格者の配置が欠かせない。

○ こども家庭センターは、母子保健法に基づく子育て世代包括支援センターと児童福祉法に基づく子ども家庭総合支援拠点を一体化して創設されることになっている。

○ 子育て世代包括支援センターの現状は、設置自治体数は1,647自治体、設置個所数は2,486箇所(令和4年4月1日時点 厚生労働省母子保健課調べ)となっており、全市区町村の94.6%に設置されている。そこでの職員配置は、保健師等を1名以上配置することとされ、担当職員としてソーシャルワーカー(社会福祉士等)のみを配置する場合には、近隣の市町村保健センター等の保健師、助産師又は看護師との連携体制を確保することとなっている。

○ 他方、子ども家庭総合支援拠点は、設置自治体数が635自治体(令和3年4月1日時点)で、設置箇所数は716箇所になっている。全市区町村の36.5%に設置されている。職員として子ども家庭支援員、虐待対応専門員、心理担当支援員を配置することとしている。子ども家庭支援員については、(ア)実情の把握、(イ)相談対応、(ウ)総合調整、(エ)調査、支援及び指導等、(オ)他関係機関等との連携を行うとし、社会福祉士、精神保健福祉士、医師、保健師、保育士等としており、当分の間は厚生労働大臣が定める基準に適合する研修を受けた者も認めることとしている。虐待対応専門員については、(ア) 虐待相談、(イ)虐待が認められる家庭等への支援、(ウ)児童相談所、保健所、市町村保健センターなど関係機関との連携及び調整を行うとしており、社会福祉士、精神保健福祉士、医師、保健師等としており、当分の間は厚生労働大臣が定める基準に適合する研修を受けた者も認めることとしている。

○ 子ども家庭総合支援拠点での配置状況(令和2年4月1日時点)は、子ども家庭支援員は1,851名配置されており、その内、社会福祉士334名(18.0%)、精神保健福祉士26名(1.4%)となっている。虐待対応専門員については1,382名が配置されており、社会福祉士375名(27.1%)、精神保健福祉士47名(2.5%)となっており、現状は、両職種とも当分の間は厚生労働大臣が定める基準に適合する研修を受けた者が多くを担っている現状にある。両職種は、子どもや保護者への個別支援から生活環境の調整(多職種・多機関との連携や地域づくりなど)などのソーシャルワークの機能を果たすには相応の専門教育が必要であり、これらの教育を受けた社会福祉士や精神保健福祉士に求められる役割は大きい。

○ これらの役割を担い、子どもへの支援を充実させるため、今回創設されるこども家庭センターでは、社会福祉士または精神保健福祉士を、虐待対応はもとより子育て世帯への相談支援から地域づくりに至る業務を推進するソーシャルワーク専門職として位置づけ、必置としていただきたい。そのことにより、こども家庭センターは、子どもの権利を擁護し、子どもたちが健やかに育まれる地域の拠点として機能できるものと確信している。


3.これら2点を実現するための財源の確保と財政措置を講じていただきたい。

○ 子ども家庭にかかる施策を実効性の高いものとするため、相応の財源の確保と財政措置が不可欠となる。とりわけ、『こども基本法』に掲げる理念を実現するために、福祉(厚生労働省)、教育(文部科学省)、子どもの貧困対策(内閣府)にかかる財源を一体的かつ十分に確保するとともに、地方自治体に対して必要な財政措置を講じるべきである。

○ 現実的には自治体ごとの人口規模や子どもの数、各学校における児童・生徒数には大きな違いがあることから、規模に応じて適正な人員配置が成されることが望ましい。

  以上
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標題 次期国民健康づくり運動プランにおける目標に関する見解
日付 2023年1月31日
発信者 公益社団法人日本精神保健福祉士協会 会長 田村 綾子
 
 

 私たち精神保健福祉士は、精神保健福祉士法第1条(目的)の「精神保健の向上」に加えて、第2条(定義)に「精神保健に関する課題を抱える者の精神保健に関する相談」が加えられることからもわかるように、国民の「こころの健康(メンタルヘルス)」を支えるための役割を有し、様々な現場で実践している。
 その立場から、現在検討が進められている健康日本21を踏まえた次期国民健康づくり運動プランの目標に関して、下記のとおり見解を述べる。

 次期プランにおける目標の大項目「2.個人の行動と健康状態の改善」の中項目として「こころの健康」を設けるとともに、その小項目として、「自殺者の減少」を、目標(案)の「心理的苦痛を感じている者の減少」「メンタルヘルス対策に取り組む事業場の割合の増加」「心のサポーター数の増加」に加えるべきである。

【理由】

 精神疾患は2011年より国の定める5大疾病に位置付けられたことにより、各自治体の医療計画に盛り込まれ、対策に向けた体制整備が行われてきた。しかし、精神疾患を含むメンタルヘルスの課題は年々拡大しており、厚生労働省が発表している患者調査によると、精神疾患を有する総患者数は、2005年に初めて年間300万人を越え、2017年は約419万人、2020年には614.8万人と急増している 1。すなわち、精神疾患は、がんや糖尿病などと比較しても、多数の国民が抱えていることを示し、その対策は喫緊の課題である。
 多くの対策が講じられたことにより、日本の自殺者数は2010年以降減少傾向であったが、2020年に再び増加、2021年は微減したものの依然として2万人を超える方が自ら命を絶つ状況が続いている(警察庁・自殺統計より)。また、自殺死亡率は主要先進7か国中でもっとも高く、特に、日本のみ15~39歳という若い世代における死因の第1位が自殺となっており、国際比較しても深刻な状況が憂慮される。
 本協会では厚生労働省の自殺防止対策事業である「『こころの健康相談統一ダイヤル』相談体制支援事業」2 を2020年12月から実施しているが、連日受けとめきれないほどの相談があり、この活動を通じて、国民の「こころの健康」が脅かされていることを日々実感するとともに、その対策の必要性を強く感じているところである。
さらに、格差社会、戦争による日本への影響、新型コロナウイルス感染拡大の長期化による先行きの見えない不安などが大きなストレスとなって襲いかかっていることに加え、8050問題、いじめ、ひきこもりなど社会が抱える問題は、人々が「こころの健康」を維持することを困難にしている。つまり、国民の「こころの健康」が危険的状況にさらされていると言っても過言ではない。
 こうした「こころの健康」の危機は、単に個人の資質や努力不足に因らず、社会構造の歪みや問題により生じる現象が人々の生活に影響を及ぼし、メンタルヘルス課題として顕在化することから、個人の力のみで対応するには限界がある。すなわち、社会全体の組織的な働きかけが必要であり、その中心的な役割を国や自治体は果たすべきであると考える。現在、厚生労働省の厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会に置かれた「次期国民健康づくり運動プラン(令和6年度開始)策定専門委員会 3」において「次期プランにおける目標」が検討されており、国民の「こころの健康」を支えるための対策の強化が期待されている。
 一方、第5回の専門委員会(2022年12月26日)において示された「次期プランにおける目標(案) 4」では、今期のプランにおいて目標の中項目に位置づけられていた「こころの健康」が削除され、小項目の中に含まれる形で現行の4項目から3項目に削減された。複数の事項にまたがってこころの健康に関連する小項目が立てられた原案の趣旨を考慮しても、原案のまま次期プランが策定された場合は、今後の自治体における「こころの健康」を増進するための施策検討に力点が置かれなくなることを危惧し関係各所へ働きかけるとともに、専門委員会での今後の協議に注視したい。

以上

 

1 2020年患者調査では、総患者数の推計方法が見直されていることに留意が必要。

2 全国を6ブロック(北海道・東北、関東・甲信越、東海・北陸、近畿、中・四国、九州・沖縄)に区分し、精神保健福祉士と公認心理師等による夜間時間帯の「こころの健康相談統一ダイヤル」の電話相談を実施。2021年度の総受電件数は18,151件となっており、うち希死念慮相談は2,745件(6.6件に1件程度)であった。相談内容分類(重複回答)としては、心理的・情緒的なことが79.6%、精神的な病気・障害に関連することが23.8%と高い割合になっている。

3 厚生科学審議会(次期国民健康づくり運動プラン(令和6年度開始)策定専門委員会)(厚生労働省WEBサイトへリンク)

4 次期プランにおける目標(案)(第5回次期国民健康づくり運動プラン(令和6年度開始)策定専門委員会/令和4年12月26日開催・資料2)(厚生労働省WEBサイトへリンク)
 
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標題 障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針(改定案)に係る意見
日付 2023年1月13日
発信者 公益社団法人日本精神保健福祉士協会 会長 田村綾子
提出先  内閣府障害者施策担当 
 
 私たち精神保健福祉士は、個人としての尊厳を尊び、人と環境の関係を捉える視点を持ち、差別のない共生社会の実現をめざすソーシャルワーク専門職です。また、精神障害のある人々の社会的復権と福祉のための専門的・社会的活動を行う立場から、今回の改正案について意見を述べさせていただきます。

1.2ページ「2基本的考え方(1)法の考え方」の最後の3行
【意見及び理由】
 「関係者の建設的対話による協力と合意により、」の後に「長期にわたり施設や病院で過ごさざるを得ない状況におかれている人びとの存在を踏まえて、」を加えてください。
 国連の障害者権利委員会が2022年9月に公表した「脱施設化に関するガイドライン」では、「施設入所は障害者権利条約に反する障害者差別である」としていますし、共生社会の実現には、長期入所・入院している障害者の地域社会への移行が欠かせないためです。

2.6ページ下から12行目「(合理的配慮の例)」
【意見及び理由】
 「合理的配慮の例」には精神障害や発達障害のある人を想定した例示がないため、以下を加えるべきと考えます。

  • 病気や障害等により思いや考えがまとまらない場合には、その人のペースを尊重して待つこと、その人が安心できる声かけを行い、何を思っているのか共に考えること。
  • 障害特性により一方的に話をするときには、それをさえぎらず、伝えたいと思われる内容を推測し要約して確認等すること。
  • 病気や障害等により意欲がなかったり、疲れやすく集中力が保てない等の場合には、結論を急がず、ゆっくり丁寧に物事を教えたり、伝えたりして時間をとること。
3.8ページ「ア 環境の整備の基本的な考え方」7行目
【意見及び理由】
 「また、ハード面のみならず」を「また、『心のバリアフリー』が重要であることから、ハード面のみならず」としてください。
 環境整備には、障害者等の困難を自らの問題として認識し、心のバリアを取り除き、その社会参加に積極的に協力する「心のバリアフリー」が重要であることを強調する必要があるからです。

4.14ページ「2 啓発活動」10行目
【意見及び理由】
 「国民各層の障害に関する理解を促進するものとする。」を「国民各層の障害に関する理解について障害種別ごとに差が生じないように促進するものとする。」としてください。
 障害種別により国民の理解度に差が生じている実態、とりわけ精神障害や発達障害は「目に見えない障害」であるがゆえに偏見や差別を受けやすい現状にあるためです。 

 以上、偏見や差別、抑圧、排除などの無い共生社会の実現と、この国に暮らすすべての人々の基本的人権が尊重される公正・公平な社会の実現を希求する専門職団体として意見いたします。


  <参考>
障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針(改定案)に関する意見募集について(内閣府・2022年12月)
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標題 声明
日付 2022年12月3日
発信者 精神保健従事者団体懇談会
 


 現在国会で、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律案の一部として、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下、精神保健福祉法)の改正案が審議されている。この法案は、障害者総合支援法、精神保健福祉法、障害者雇用促進法、難病法、児童福祉法を一括審議するいわゆる束ね法案である。衆目が一致するものと精神保健福祉法のように意見が分かれる可能性がある法案を束ねて提出することは障害に関わる者の分断を招く点、議論の時間が充分確保できない点などから問題が大きい。精神保健福祉法の審議について重大な懸念があるため声明を発出する。

 これに先立って本年6月まで行われていた“地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会”では、隔離・身体的拘束の議論も行われたが、最終的に「不適切な隔離・身体的拘束をゼロとする取組」とされ、「不適切」という言葉を伴う内容となった。今国会においてもその「不適切」の内容が明らかにならないまま議論が行われ、法案の附帯決議に「厚生労働大臣告示の改正を速やかに進める」ことが盛り込まれた。しかしこの「改正」が隔離や身体的拘束の縮減に資するものになるかどうかは極めて不透明であり、今後動きを注視していく必要がある。また、“地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会”ではいったん医療保護入院の廃止の方向性が打ち出されたものの最終的には後退した報告書となった。今般の改正案では、家族の意思表示が明らかでない場合にも市町村長同意が可能になるなど、医療保護入院の増加が懸念される内容となっている。これは精神障害者の権利を損なうおそれもある改正である。「権利の擁護」が目的条項に入るのであれば、それにふさわしい仕組み、人員体制が求められるのは言うまでもない。本年8月には国連・障害者権利委員会における日本審査が実施され、9月に総括所見が示された。ここでは、心理社会的障害(精神障害)のある人の強制的な扱いを正当化する全ての不当な法的規定を廃止することを勧告している。医療保護入院の見直しに限らず、この方向性と合致しない様々な現状の課題の解決に向けた真摯な議論が必要である。

 以上のような観点から、精神保健福祉法改正案の審議においては、障害者権利条約総括所見の実施を担保できるよう慎重にも慎重な議論を強く求める。 

以上

  (賛同団体)
(公社)全国自治体病院協議会精神科特別部会、全国精神医療労働組合協議会、(特非)全国精神障害者地域生活支援協議会、全国精神保健福祉センター長会、全国精神保健福祉相談員会、全日本自治団体労働組合衛生医療評議会、(一社)日本作業療法士協会、 (一社)日本児童青年精神医学会、(一社)日本集団精神療法学会、(一社)日本精神科看護協会、(一社)日本精神保健看護学会、(公社)日本精神保健福祉士協会、(一社)日本総合病院精神医学会、 日本病院・地域精神医学会、日本臨床心理学会

賛同につき最終確認中の団体を含む

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標題 精神保健福祉法改正案に関する見解
日付 2022年11月2日
発信者 公益社団法人日本精神保健福祉士協会 会長 田村綾子
 


 本年10月26日に、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律案」がいわゆる束ね法案として国会に提出されたことを受け、現時点での本協会の見解を以下のとおり表明する。
 本束ね法案には、障害者等の地域生活の支援体制の充実や障害者雇用の促進、精神疾患者や難病患者、小児慢性特定疾病児童等に対する適切な医療の充実などに向けて保健・医療・福祉にまたがる重要な事項が含まれている。関連施策に一貫性をもった改正が成されるよう、各改正法案について、障害者権利条約に基づく日本政府への総括所見を受けて初の審議となることを踏まえ、十分な時間を確保し必要な審議が丁寧にされることを求めたい。
 本法案の一つである精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)の一部改正案は、「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」において取りまとめられた内容が具体の法律に落とし込まれたものであり、精神障害者の権利擁護体制の充実をはかり社会的復権を一歩でも前進させるために、本協会としては今国会での成立を望むものである。

1.法律の目的に「精神障害者の権利擁護」が加わったことについて

 「精神障害者の権利の擁護」が精神保健福祉法の目的に加えられることは、実に70年を超える年月を要した画期的な改正であると評価できる。なお、精神衛生法の時代から長らく「精神障害者の医療及び保護」を行うことが目的とされてきたが、本改正を布石として、パターナリズムを象徴する「保護」の文言が今後法律の目的や各規定から削除されること、将来的には、精神医療及び精神障害者福祉のみを特別視せざるを得なかった歴史に終止符が打たれ、本法律の抜本的改正へとつながることに期待したい。

2.医療保護入院の見直しについて

 医療保護入院制度は、患者の医療に加えて保護を目的として精神保健指定医1名の診断と家族等のうち1名の同意のみを要件とする非自発的入院制度であり、本協会は引き続き将来的な廃止を求めるものである。今回の改正は、そのための過渡的手段として受け止めたうえで、各事項については以下のように考える。

(1)市町村長同意の要件緩和について
 市長村長同意の要件の一部緩和は、長年親交のない遠方の家族であっても同意者になることができる事実や、家族が同意・不同意の意思表示を行わないことで必要な入院治療を受けられない患者が一定数いる事態に鑑みて、精神障害者に必要な治療を受けさせる責任の一端を各自治体の長に求めるものである。また、積年の課題である家族同意による負担感の一部軽減になると考えられる。
 他方、市町村長同意は今後一定数増えることが想定されるなか、「市町村長同意事務処理要領」に則った実務が必ずしも履行されていない現状において、医療保護入院者の権利擁護の観点から、法改正と並行して入院中の面会等が確実に履行できる手立てを講じるとともに、市町村長においては病院及び地域援助事業者等との積極的な連携など、患者の退院支援に関与するための迅速な体制整備が求められる。

(2)入院手続きの見直しについて
 入院手続きにおける通知事項のなかに「入院理由」が追加されることは、それを患者本人及び家族等にも伝達することにより、治療の動機付けや目標設定を明確に共有することにつながると考えられる。また、医療保護入院の「入院期間」が定められ、一定期間毎に入院の要件の確認が義務付けられることは、長期に渡る不必要な強制入院を抑止する効果が期待される。いずれも非自発的入院患者の権利擁護において重要なかかわりであることから、手続きが適正に行われるよう、精神障害者の権利擁護を使命とする私たち精神保健福祉士は積極的に関与すべきであると考える。
 一方で、入院手続きの見直しに伴い精神医療審査会の一層の業務過多が予想されることから、審査会の機能強化は改正法の施行に向けて速やかに図られる必要がある。

(3)退院促進措置の一部見直しについて
 地域の福祉等関係機関(地域援助事業者等)の紹介の義務化や入院期間の設定による医療保護入院者退院支援委員会の機能の見直し、さらに退院促進措置の対象が措置入院者にも広げられることにより、退院後生活環境相談員の役割・機能がますます重要となる。このため退院後生活環境相談員の大多数を担う精神保健福祉士の人材確保と質の担保に向けて、本協会としては引き続き注力していく必要があると考える。

3.「入院者訪問支援事業」の創設について

 今回の「入院者訪問支援事業」の創設は、「新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム」が2012年に取りまとめた「入院制度に関する議論の整理」において医療保護入院の見直しとして「権利擁護のため、入院した人は、自分の気持ちを代弁する人を選べることとする」としたことに端を発する。以来、10年の検討を重ねてようやく法定化されることを評価し、実効性のあるものとなることに期待したい。
 なお、都道府県等の「任意事業」の位置付けでスタートし、市町村長同意による医療保護入院者を中心的な対象とする本事業は、入院中の患者の権利擁護を着実に進める観点から、近い将来都道府県等の「必須事業」に位置付けられるとともに、全国どこの精神科病院に入院しても、利用を希望するすべての入院患者に提供されるものとなることを目指し、その事業展開に向けて精神保健福祉士は積極的に関与すべきであると考える。

4.精神科病院における虐待防止に向けた取組の一層の推進について

 医療機関の管理者には、これまで「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」(障害者虐待防止法)において、障害者に対する虐待の間接的防止措置をとることとされてきた。しかし、精神科病院における虐待事件が現に発生している事態に鑑み、本改正案では精神科病院の管理者に、精神障害者に対する虐待の防止措置をとること、及び虐待を発見した者には都道府県等への通報義務が課せられることになる。さらに、精神科病院の業務従事者による虐待状況等が毎年度公表されることは、大きな抑止力になることが期待される。
 今後は本改正の実施状況を注視し、将来的には発見時の通報先を市町村とする障害者虐待防止法に包含することも視野に入れた検討がなされる必要がある。

5.医療の主体的な選択を支援するために

 改正法案には附則として、「政府は、非自発的入院制度の在り方等に関し、精神疾患の特性等を勘案するとともに、障害者権利条約の実施について精神障害者等の意見を聴きつつ、必要な措置を講ずることについて検討するものとする」規定が設けられた。精神医療が「医療」であるからには、社会からの要請に応じて提供されるのではなく、当事者が自身の健康回復や増進のために主体的に選択し利用し得るものとなるよう、さらに望ましい法制度のあり方を追求しなくてはならない。

 本協会としては、精神障害者の権利の擁護のために今回の改正法を賢く活用しつつ、非自発的入院制度下における患者の権利擁護をはじめ、入院患者の意思決定の保障、身体的拘束をゼロとするための仕組みなど、次の法改正に向けて精神障害者やその家族等の意見を聞き、精神保健医療福祉に携わる多職種による議論を継続していきたい。

以上

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<参考>
障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律案を国会に提出いたしました(厚生労働省・10/26)

<関係団体の見解等(日付順)>
精神保健福祉法改正案に対する見解(精神医療国家賠償請求訴訟研究会・12/05)
障害関連法改正「束ね法案」に対する緊急声明(日本障害者協議会・12/03)
声明(精神保健従事者団体懇談会・12/03)
障害関連法改正「束ね法案」に対する緊急声明(日本障害者協議会・11/10)
精神保健福祉法改正案の見直しを求める会長声明(日本弁護士連合会・11/09)
精神保健福祉法改正に関する学会見解(日本精神神経学会・09/28)
障害者関連法案の審議について(DPI日本会議・09/26)
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標題 若者を対象にした「サケビバ!日本産酒類の発展・振興を考えるビジネスコンテスト」の中止を求める緊急要望書
日付 2022年8月26日
発信者 特定非営利活動法人ASK、公益社団法人全日本断酒連盟、日本アディクション看護学会、一般社団法人日本アルコール関連問題ソーシャルワーカー協会、公益社団法人日本医療ソーシャルワーカー協会、公益社団法人日本社会福祉士会、公益社団法人日本精神保健福祉士協会、イッキ飲み防止連絡協議会、主婦連合会
提出先 国税庁長官 阪田 渉 様、厚生労働大臣 加藤勝信 様
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標題 熊本地裁「生活保護基準引下げ行政処分取消請求事件」判決に対する声明
日付 2022年6月1日
発信者 公益社団法人日本精神保健福祉士協会 会長 田村綾子

 2022年5月25日、熊本地方裁判所は、2013年8月から3回に分けて実施された生活保護引下げ処分(以下、「本件引下げ」という。)の取り消しを求めた原告の請求を認容する判決(以下、「本判決」という。)を言い渡しました。

 本訴訟は、熊本県内の生活保護利用者49名(提訴時)が、熊本県内の4市を被告として、本件引下げの取り消しを求めた裁判です。全国29地裁で30の原告団が同種訴訟を提起していますが、これまでに言い渡された10の地裁判決のうち、原告の請求を認容したのは、2021年2月22日の大阪地裁判決に続き2件目となります。

 大阪地裁判決は、本件引下げの根拠とされた「デフレ調整」(削減額580億円)について、特異な物価上昇が起こった2008年を起点としたこと、被保護世帯の消費の実態とはかけ離れた物価下落率を算定したことについて、本件引下げが違法であると判断しました。

 熊本地裁判決は、これに加えて、専門家からなる生活保護基準部会が検証した「ゆがみ調整」(削減額90億円)による数値を増額分も含めて2分の1とした点と、そもそも「ゆがみ調整」と「デフレ調整」を併せて行った点についても違法であると判断しました。そして上記の諸点がいずれも生活保護基準部会等の専門的知見に基づく分析や検証を経ずに行われたことに対し、厚生労働大臣の判断過程及び手続に過誤欠落があると判断しています。裁判所が厚生労働大臣の裁量の逸脱・濫用があると認定したことは、裁判所が行政裁量の拡大解釈、恣意的判断を許さないという態度表明と考えられ、大阪地裁判決よりもさらに踏み込んだ内容としてきわめて重要な意味を持つといえます。

 3年近くにも及ぶ新型コロナウイルス感染症の感染拡大は、日本の社会保障制度の脆弱さを浮き彫りにし、特に元々経済的に脆弱な人々を直撃し、さらには、自死を含むメンタルヘルス課題の深刻化を招きました。精神保健医療福祉の現場で働くソーシャルワーカーとして、わたしたちも最後のセーフティネットである生活保護の重要性を再認識しています。今回の勝訴判決は生活保護の利用者である多くの精神障害者とその人たちに伴走する私たち精神保健福祉士にとっても大きな励ましとなりました。

 日本精神保健福祉士協会は、被告である4市に対し、本判決の意義を重く受け止め、控訴せずに本判決を確定させることを強く求めます。また、国に対しては、早急に現在の生活保護基準を見直し、違法に保護費を下げられ、長年にわたり憲法25条で保障された健康で文化的な最低限度の生活から遠ざけられた生活保護利用者に対して真摯に謝罪し、2013年引き下げ前の生活保護基準に戻すことを求めます。

 本判決が現在同種訴訟を審理中の大阪高裁を含む他の裁判所の判断に影響を与え、保護費引き下げで様々な権利を失い、心身ともに苦しみの中にある各地の原告の方々の権利回復が一刻も早くなされることを切に願います。

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