みなさんは、認知症疾患医療センターについてどのくらいご存じでしょうか?いまや65歳以上高齢者の4人に1人が認知症またはその予備軍であるといわれており、みなさんが認知症の人、あるいは認知症が疑われる人とかかわる機会は増えてきているのではないかと思います。
本協会の分野別プロジェクト「認知症」では、認知症疾患医療センターをはじめ、認知症初期集中支援チームや地域包括支援センターなど認知症領域の精神保健福祉士が取り組むべき課題や、各々の機関との連携や協働に関する検討に基づいて、認知症医療に関する政策提言を行うことを目的に活動しています。精神保健福祉士であっても、認知症領域に携わった経験のある構成員は少数派であり、認知症医療の中核機関である認知症疾患医療センターのこともあまり周知されていないのが現実ではないかと思います。
認知症疾患医療センターは、認知症の医療提供体制構築の中核と位置づけられており、2020年度末までに全国で500ヵ所、2次医療圏に少なくとも1ヵ所以上の設置目標となっています。受託医療機関は、大学病院、総合病院、単科精神科病院、診療所とさまざまですが、当プロジェクトが2019年に実施したアンケート調査(全国の444施設対象・回答率57%)によれば、専門医療相談を担う職種割合は、精神保健福祉士が76%、看護師が12%、臨床心理技術者が5%、保健師が4%、社会福祉士が3%という結果で、全体の約4分の3を精神保健福祉士が占めていることがわかりました。
本コラムでは、認知症疾患医療センターとそこに携わる精神保健福祉士が、日々どのような実践をしているのかや、認知症をめぐるホットな話題、みなさんに知っていただきたい情報などを発信できればと考えています。WEB連載を通して、これからの精神科医療の中心の1つとなっていくであろう認知症領域の知見について共有し、そこで奮闘する精神保健福祉士の役割や思いを少しでも知っていただき、認知症領域に携わる精神保健福祉士の課題について、ともに考えていただける機会になればと思います。
分野別プロジェクト「認知症」 リーダー 佐古 真紀
No | タイトル | 執筆者(敬称略) | 掲載日 | |||
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4 | 第4回 精神保健福祉士の行う認知症疾患医療センターにおける地域づくりや研修の作り方 〜鷹岡病院の場合〜 |
新田 怜小 | 分野別プロジェクト「認知症」チーム員 サポートセンターほっと |
2021年10月15日 | ||
3 | 第3回 自治体における認知症診断助成などの支援について |
佃 正信 | 分野別プロジェクト「認知症」チーム員 新生病院 |
2021年8月4日 | ||
2 | 第2回 認知症高齢者のエンド・オブ・ライフ・ケアを考える |
畠山 啓 | 分野別プロジェクト「認知症」チーム員 東京都健康長寿医療センター |
2021年4月30日 | ||
1 | 第1回 認知症疾患医療センターの専門医療相談(診断前支援)について |
佐古 真紀 | 分野別プロジェクト「認知症」リーダー 浅香山病院 |
2021年3月3日 | ||
分野別プロジェクトチーム「認知症」メンバー(部・委員会頁/会員ページ) |
※執筆者所属は、掲載日当時のもの
分野別プロジェクト「認知症」チーム員/サポートセンターほっと 新田 怜小
認知症疾患医療センター(以下、疾患センター)の役割の1つに、地域の保健医療水準向上のため“関係機関との連携強化”や“研修会の開催”ということがありますが、当プロジェクトと北海道砂川市立病院認知症疾患医療センターとの共同により実施しました『認知症疾患医療センターにおける精神保健福祉士の役割と認知症疾患医療センター連携協議会に関するアンケート調査』(2019)において、関係機関との連携や研修会企画に窮するといった回答が多く見られました。また、疾患センター配置の精神保健福祉士の内、約25%は経験年数5年未満であることが分かりました。詳細はアンケート報告書を読んでいただけますと幸いです。
現在の私は認知症疾患医療センターの業務から離れていますが、今回はみなさまの参考になればと、どのようなことを考え研修につなげていったかを振り返りながら書きたいと思います。
疾患センターの指定当時、私はまだ経験年数2年目で、高齢領域で働く人たちのことも分からず何をしたらよいものかと右往左往しながら専門医療相談や統計処理に当たっていました。まずは顔を合わせて話をしようと上司に誘われる形で担当圏域内にあるすべての地域包括支援センター(以下、包括)に複数回訪問したことも思い出されます。
業務の中、さまざまな場所で暮らす当事者それぞれの大変さ、家族・支援者のそれぞれの大変さ、土地土地にある独自の資源など新しく知ることが多くありました。他にも知らないことがあるだろう、みんなで集まって情報の共有や課題の検討をしていけないかと考えるようになりました。各機関も医療機関も含めて定期的に確認できる場が欲しいとの意向が確認でき、医療連携協議会とは別にもっと率直でざっくばらんに話ができる場を『連携連絡会』という名称で立ち上げ、年2回開催するようになりました。構成員は行政(県・市)、包括、介護支援専門員団体、司法書士会、家族会、医療機関、当院の医師を含めた多職種で、基本的にはどなたも歓迎という形を取り、分野横断的に障害領域の方にも来てもらって検討するということも行っていました。
具体的な研修としては、連携連絡会の中で相談の対人援助専門職としての成長に関する話題が出たことをきっかけに、処遇検討ではなく事例検討を行うとして、専門職の成長に関する研究をしている大学教授に講師と事例検討の進行をお願いし、毎年1回専門職としての価値や視点について省察できる機会を作りました。特定分野の技術に関する研修が多い中、多種多様な背景を持ち対人援助職に就く参加者と実践を振り返ることには学びが多く、参加者の満足度も高かったことが印象に残っています。
講演会に関しても、介護職等現場の方からの意見をもとに企画していましたが、個別の専門医療相談から感じたこと、みんなに知ってほしいことや考えてほしいことをテーマに企画することもありました。具体的に実施した内容としては、@拘束など行動制限に関して全体で考えたいという気持ちから、隔離拘束をしない精神科病院のケアについて講演をしてもらう、A経管栄養ではなく、できるだけ食事をおいしく食べてもらいたいという気持ちから、おいしい嚥下食の作り方や食事介助に関する講演をしてもらう、B介護者のストレスや職員の離職が気になり、気持ちよく働いてもらいたいという気持ちから、ケア提供者のストレス軽減や管理者が気をつける職場環境作りに関する講演をしてもらうというようなことがありました。
研修の講師探しに関しては、参加した研修会で講義を担当していた講師の話に感動し、研修後に挨拶させていただいて講師をお願いするということもしていました。研修会は講師の宝庫であり、折角の機会なので自身の学びだけでなくつながりを作って帰る等、欲張って参加していくことも大事だと思います。
どのような企画作りもネットワークづくりも、目の前の人の支援から始まると思います。一生懸命考える中で新しい資源が見つかり、新しい出会いを生み、それらがまた新たなつながりになって共有されていくということを感じています。協会を通じてみなさまともつながり、良い実践もしんどい気持ちも共有していきたいと考えていますので、みなさまも様々な形で協会を利用し、また活動に参加してもらえれば嬉しく思います。
とりとめのない内容となってしまい申し訳なく思いますが、少しでも参考になればありがたいです。
分野別プロジェクト「認知症」チーム員/新生病院 佃 正信
皆さんは「神戸モデル」をご存知でしょうか?2016年に神戸市にてG7保健大臣会合が行われ、「神戸宣言」が採択されました。世界的に人口の高齢化が進展する中で、認知症分野における研究や治療開発、早期発見や認知症を抱える人々のQOL改善、支援に当たる人々への支援策などが盛り込まれ、諸外国に比して高齢化が進む日本の「本気度」が試される指標となり、これらの計画が諸外国の施策の基本になるものとして宣言されました。これを受けて開催都市となった神戸市では、全国に先駆けて2018年4月に「認知症の人にやさしいまちづくり条例」を制定し、2019年1月に認知症「神戸モデル」が始まりました。いち早く制度化に至った理由の1つには、神戸市長である久元喜造氏自身が認知症を患う母親の家族であったことも、影響していたと考えられます。
「神戸モデル」とは、@「認知症診断助成」A「事故救済制度(神戸市が契約した賠償責任保険への加入)」B「認知症者が起こした事故の被害者に対して支給する見舞金(給付金)制度」C「GPSを用いた捜索駆けつけサービス」などで構成されています。これらは神戸市民が対象で、1人あたり400円程度の市民税均等割として負担する仕組みとなっており、制度利用自体は、認知症の疑いのある者や認知症の診断を受けた者が任意で活用する制度ですが、市民全体で支える制度として有用性が評価されています。
特にA「事故救済」にかかる制度化には、2007年にJR東海道本線の線路内にて認知症の男性(90歳代)が線路内に立ち入り列車にはねられ死去したことで多額の損害賠償を求める民事事件に至ったことも、大きく影響しています。
実際の利用状況(2020年5月時点での神戸市発表)としては@「診断助成制度」21,864人(そのうち認知症の疑いありとされた患者は4,781人で26.9%) A「事故救済制度」4,401人 B「見舞金」4件 C「GPSサービス」120件となっており、何らかの事故で賠償責任保険が支払われたのも3件あったと報じられています。また筆者自身のことではありますが、生活の場を置く管轄の社会福祉協議会が主体で行う「徘徊高齢者捜索通知システム」に登録し、ナンバー制で登録されている高齢者が徘徊などで捜索対象となった場合、メールで知らせが届く(後に発見された場合も届く)ことで、少しでも早く発見できるように個人でも手軽に出来る助け合いのツールと思ってこの登録を続けています。今年の冬期には2度メールが届きました。仕事帰りなどに歩道やお店などに特徴に似た高齢者がいないか探そうとする行動は、普段の生活の中でそれほど負担にはなりません。コロナ禍で人通りが少ない寒い夜に無事発見されたとメールが届いたときには、家族のように安堵しました。
新型コロナウイルスによるパンデミックによりうつ症状が増え、特に認知症の症状がある人がうつ症状になることが多いとのデータ(神戸学院大学 前田潔特命教授と相原洋子特命准教授による研究論文「International Journal of Geriatric Psychology 4,2021)結果が判明したとのことです。度重なる緊急事態宣言などで普段の生活行動が制限され、人との交わりが少ない中で、特に高齢者の方々は文明の利器として主流であるインターネットやスマートホンなどのコミュニケーションツールを苦手とする方々も多いと思います。また介護保険による各種サービスの利用制限から、「出かける」ことや「居宅で支援を受ける」ことが減少する以上に、人と話すことや笑う・楽しむことが途絶える(減少する)ことの問題性について、認知症高齢者のうつ症状悪化や、新たな高齢者うつの発症者を増加させない工夫が大切だと考えます。私たちは、日頃の生活や仕事環境において、もうしばらくこれらの課題と「共存」していく覚悟が必要です。その中で上記のような高齢者の方々やご家族・支援者のために提供できるサービスが有効活用できるよう、私たちは日頃から身近な自治体独自の認知症者支援の制度やサービスを知っておく必要があります。それらの中には、有期限であるものや、年齢などの対象が変更するものがあったりします。私たちが実践する現場において、支援の対象者や居住地などを確認いただき、インターネットなどを用いてその都度検索したり、情報のアップデートを意識しながら取り組んでいただきたいと思います。
最後に、皆さんと共有したいことがあります。「共助」を重んじてきた日本が、実は世界144か国中128位と先進国で最下位であったとのショッキングなランキングが発表されました。この調査は、「困っている見知らぬ他者の手助け」「慈善団体への寄付」「ボランティア活動の時間」について調査がされました(World Giving Index 2018)。なかでも「困っている見知らぬ他者の手助け」が23%と144か国中142位だったとのことです。非常に残念ですが1つの現実として受け止めないといけません。一方でソーシャルワークを生業とする私たちは、日々の実践の中で「価値」と向き合い表現することが出来ます。その場にいる環境そのものが意味を成し、対人援助を通して「やりがい」や「つながり」「成果・結果」を享受できることもあります。私たちが担う1つ1つがより良い社会づくりのパズルのピースのように。これからも皆さんとのつながりを大切に、声をかけ合ってその一日を大切に準備していきたいと思います。
認知症神戸モデル(神戸市ホームページへリンク)
分野別プロジェクト「認知症」チーム員/東京都健康長寿医療センター 畠山啓
今回お話したいのは「認知症高齢者のエンド・オブ・ライフ・ケア」についてです。認知症高齢者は、今後どのように生活し、どこで最期を迎えたいのか、意思を伝えられない、意思が尊重されない、そんなことがまだまだ多いのではないかと思います。ここ最近、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)というワードもよく耳にするようになりましたので、このテーマに興味をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
7年くらい前になりますが、認知症アウトリーチ事業(都事業)で、ある身寄りのない生活保護を受給されている70歳代の男性宅を訪問しました。事前情報では医療拒否のある認知症高齢者とのことでした。少し古めのアパートの2階、玄関は外から鍵穴までガムテープで目張りされていました。中に入ると6畳ほどの部屋で、強い尿臭が漂っていました。目張りされていたのはそのためです。本人は、ブルーシートの上に毛布2枚にくるまれて寝かせられていました。体調を伺うと「左足が痺れて痛い」と訴えられたので、了解を得た上で毛布を捲ると、履いていたリハビリパンツが出てきて、毛布も尿で重たくなっていました。痛みのある左足は目立った所見はなく、リハビリパンツを履くように促すと「そんなのがあるのか」と応じてくれました。痛むようなら病院に行ってはどうかと提案すると「病院は…行っても仕方がないよ」と消極的でしたが、拒否しているようでもありませんでした。立ち会っていた地域関係者は、「このまま置いておけない」「近隣に迷惑をかけている」「何とか入院させてくれ」と訴えました。認知症アウトリーチ事業の目的は、認知症の疑いがある人を総合的にアセスメントし、必要な支援方針を地域関係者と検討することになっています。しかし、この時の地域関係者の方針は既に明確で、呼ばれた理由も「入院」だったのです。私は、その切迫した雰囲気と、地域関係者の強い訴えに飲まれてしまい、上司に電話で相談し、受け入れ態勢を整えた上で、救急車で自院へ搬送することにしました。身体状態がかなり悪かったため、そのまま内科病棟へ入院となり、丹念に全身精査が行われました。一時は危篤状態となりましたが、集中的に治療が施され、一命をとりとめました。しかし、その後は、自宅へは戻れませんので、内科の療養病院へ転院することになりました。転院先の調整も私が行いました。転院したことを地域関係者に報告すると、「あの時、すぐに入院させてもらえてよかった」「おかげで大きなトラブルにならなかった」「近隣の人たちも喜んでいた」と告げられました。暫くして、転院先の病院で亡くなったと聞きました。馴染みもない、知っている人もいない、そんな病院で人生の最期を迎えられたのです。この結末を本人が望んでいたはずはありません。
我が国では、認知症施策の基本方針として2012年にオレンジプラン、2015年に新オレンジプランが発表されました。2018年には認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドラインが公開され、2019年に発表された認知症施策推進大綱が新オレンジプランを引き継ぎ、共生と予防を二つの軸として認知症の人が出来る限り地域の良い環境で自分らしく暮らし続けることができる社会、そして認知症の発症も遅らせ、認知症になっても希望を持って日常生活を過ごせる社会の実現を推進していくことになりました。ここで触れられている「自分らしく希望を持って生きる」とはどういうことなのか、それはつまり各人のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)が大きく影響しています。高齢者のQOLを考える時、生の終わりにある死をどのように考えるのか、どのように最期の時間を過ごすのか、そういったことを含むエンド・オブ・ライフ・ケアのあり方は極めて重要な事項です。精神科医の井藤佳恵先生は、認知症高齢者のエンド・オブ・ライフ・ケアとは、残された時間をどこで誰とどのように過ごし、その中に医療をどう位置づけるのか、本人の価値観や希望と現実社会の制約との折り合いをつけながら、本人の最も根源的な思いの実現を多職種で支援するプロセスである、と論じています。そこには、的確な医学的判断とともに医療のペースではなく、本人のペースに合わせた意思決定支援、人の多様な在り方の受容、延命よりも苦痛の緩和が優先されることがあることへの理解や変わっていく本人の気持ちに沿った柔軟な方針の転換や修正、そして残される家族に対するケアが含まれています。本人との対話、そして多職種がその専門性を通じての議論によって、歩んできた人生や価値観を理解し、各人が主観的に、生まれてきて良かった、生きて良かったと思えることが、私たちの目指す支援なのではないかと思います。
私は、今でもあの時に「私たちが行おうとしていることは、本人が望むことなのだろうか?」と投げかけなかったことを後悔しています。その意見が採用されなかったとしても、誰かひとりでも本人側に立った意見が出されたか、議論されたか、そこに意味があるのではないかと思います。自由である権利を守ることと、安全を確保することは、大体、矛盾します。「自由にさせる」ことは、その人を危険にさらすということです。「安全を確保する」とは、自由に生きる権利を奪うことです。そして、誰かの権利を守ることが、他の人の権利を侵害することがあります。認知症高齢者のエンド・オブ・ライフ・ケアを考える上で、その人が考えるQOLを実現するために、私たちは何をするべきなのか、精神保健福祉士として他職種と議論する際に何に重きを置くべきなのか、このコラムを読んでくださった方々と一緒に考えていきたいと思います。
※事例の掲載にあたっては、本人と特定できないよう加工しています。
【出展】
井藤佳恵 令和2年度東京都認知症サポート医フォローアップ研修「end of life careとmental well-being.」 2021.2.14 講演記録より引用
分野別プロジェクト「認知症」 リーダー/浅香山病院 佐古 真紀
今回は、認知症疾患医療センターの精神保健福祉士の主要業務の一つである専門医療相談についてご紹介します。日頃どのような相談が舞い込み、精神保健福祉士がどんなふうに対応しているか、相談事例を通して知っていただければと思います。
事例)妻(70代後半)のことで、夫・Aさんから受診相談の電話もの忘れがひどく、どんどん進行しているようで心配。以前から受診させたいと思ってはいたが、説得できないまま経過。この度、かかりつけの主治医に妻のもの忘れについて相談したところ、主治医からの勧めに本人もすんなり同意してくれたが、帰宅後にはもう話をしたこと自体忘れていて「行かない」と言い張るので困っている。なかなか納得してくれないのでどうしたものか?もの忘れは著明で、回覧板を「そこに置いといて」と言ってもすぐに忘れて何度も夫に渡しに来る。一度外出して迷子になったことがあるが、最近は人と話すのも嫌がり、家にこもってずっとテレビを見ている。家事は元々すべて本人がやっていたが、今は食器洗いと洗濯程度、それ以外は夫がしている。長男・長女ともに関東在住で、子どもまだ小さいので協力はとても頼めない。近隣に親せきや兄弟はいるが、犬猿の仲。入浴をするよう促しても嫌がる、もう2か月近く風呂に入れていない・・・ ※本事例は創作です。 |
相談者からいかに情報を収集するか?相談員にとっては最重要課題の一つに違いありませんが、まずは受容的態度に重きを置いた情報収集を心掛けたいと考えています。本人の生活状況の把握とともに、相談者であるAさんがどのような思いでセンターに相談してくるに至ったのか、Aさんから見えている世界がどのようなものかを想像できるくらいAさんの話を丁寧に聴き取り、理解することを大切にしています。
周囲は受診をさせたいけれども、本人が嫌がるのでどうしたらよいか?といった相談は少なくないのではないでしょうか。事例のように、家族から言ってもまったく聞き入れられなかったのに、第三者からの勧めには案外すんなり応じてくれるなど、むしろ、第三者の介入の方がうまくいく場合もあります。むきになって説得を続けることで、感情的なストレスをお互いに抱えることになるよりも、本人が信頼しているかかりつけ医や、子どもや孫、きょうだいなどに協力を仰ぐなど、アプローチの仕方を一緒に考えて提案できればと思います。Aさんの「本人納得の上で受診をさせたい」気持ちに共感しつつも、違ったアプローチの方法はないか、どうすればお互いに気分を害さずスムーズに受診できそうか、ともに考えることを大事にしたいと思います。こういう時はこうすればいいというマニュアル、正解はありません。大切なのは、相談者の困りごとに心を寄せ、ともに考えることだと思います。
妻のもの忘れがどんどんひどくなり、心配を募らせて相談するに至ったAさんですが、では現状どのような心配事を抱えておられるのか、受診をしてどうしたい、どうなりたいと思っておられるのでしょうか?上記聴き取り内容からも、妻のもの忘れの進行から生活上にもさまざまな支障をきたし始めていることが伺えます。それらの事象に対し、Aさんはこれまでどのように対処してきたのかを確認しながら、受診することでこれからどうしたいと思っているのか?どうなることを期待しているのか?についてAさんの思いを聴いていく必要があると思っています。
必ずしも受診をしなければ解決に向かえない問題ばかりではないと思います。鑑別診断の受診予約の待機は、私の所属機関では約2〜3か月あるのが常です。診断に至る前の段階でも、私たちが「今、できること」として、相談者の不安の軽減や生活上の課題の整理につなげられるような提案など、やれることは案外多いのではないでしょうか。Aさんの思いを聴いて、みなさんならどのような支援が展開できそうですか?
専門医療相談において、精神保健福祉士は認知症の人を適切な医療につなぐ役割だけでなく、相談者の不安の軽減や生活課題の整理、医療に繋がらなくても受けられる支援の提案や情報提供など、いわば「診断前支援」という重要な役割を担っており、これは精神保健福祉士だからこそできる支援ではないかと思っています。