要望書・見解等

2024年度


標題 薬物依存をめぐる報道に、熟慮を求める要請書
日付 2024年6月13日
発翰番号  JAMHSW発第24-119号
発信者 公益社団法人日本精神保健福祉士協会 会長 田村綾子
提出先  報道機関各位
 
 薬物依存からの回復を支援する民間施設「木津川ダルク」(京都府木津川市)の入所者3人が覚醒剤取締法違反(自己使用)の疑いで京都府警に逮捕されたことを、関西の主な新聞社と一部のテレビ局が、5月8日から9日にかけて、大きく報道しました。
 この報道を受け、依存症者をはじめとするメンタルヘルスの課題を抱えた人の支援や、そうした人々に対する差別・偏見の解消を目指して活動する精神保健福祉士の職能団体として以下の通り要請します。

1.薬物依存症の回復支援施設の役割を理解してください。
 一部の薬物の使用が、刑事処罰の対象になっていることの当否は、意見の分かれるところですが、少なくとも刑罰だけで薬物依存の問題を解決することはできません。
 依存症を病気ととらえて、回復を支援するしくみが必要です。実際に、医療機関での治療やリハビリテーションに加えて、特に薬物依存の分野では「ダルク」をはじめとする民間の回復支援施設が地域社会において大きな役割を担ってきました。そうした場では、説教したり責めたりするのではなく、「今日一日だけやらないで過ごす」ことの積み重ねを仲間同士で支え合います。その過程でスリップ(再使用)してしまう人が出ることは、しばしばあることです。もしスリップしてしまっても、そのことを正直に明かせる場であることが重要であり、正直に話すことができる環境こそが回復を助けます。
 ダルクなどの回復支援施設は、立地について周辺住民からの反対を受け、新設や維持が困難になることもあります。もし、今回のような報道によって、薬物依存に対して住民・市民の危険視のみが高まり、回復支援施設の運営が困難になるとすれば、薬物依存対策に大きなマイナスの影響を与えることになります。今回の報道の目的はそうしたところには無いはずだと思います。

2.薬物依存症は回復できる病気です。回復を軽視した報道は看過できず、熟慮をお願いします。
 今回の事件は、自己使用です。回復支援施設のスタッフが違法薬物を売ったとか使用を勧めたといったことならともかく、施設利用者がスリップして自己使用したことに、どれほどのニュース性があるのか、その吟味は十分になされたでしょうか。
 また、犯罪報道において実名報道が原則だとしても、今、回復に取り組んでいる依存症の容疑者の実名を報道することにどれだけの意味があるでしょうか。事件によって、ことの軽重や社会的意味の有無は異なります。具体的なケースに応じて、柔軟な対応があってしかるべきと考えます。
 依存症者が何かに依存する理由は苦痛を避けるためであり、自分で生きづらさや苦しさの気分を直そうとする「自己治療仮説」という考え方は、依存症支援の専門家にはよく知られています。依存問題を抱える当事者は、何度も失敗しながら回復し、自分の人生を生きなおすプロセスをたどります。
 報道機関におかれましては、警察の動きのみに注視することなく、個々の事件が持つ社会的意味を吟味し、生きづらさを抱えた社会的弱者に対して報道が与える影響の大きさを十分に考慮して、取り扱いを見直していただくことを要請します。それとともに、各種の依存症と回復の実情について、深く掘り下げた取材報道を行ってください。もちろん、そうした取材や報道を行っている関係者がいることを私たちは知っています。
 誰もが安心して生きることのできる共生社会の実現に向けて、報道機関のみなさまと協働できることを期待しております。

 なお、本協会では、2020年10月に「精神障害と事件報道に関するメディアへの提案」を発出しております。既にお目通しくださった方もおられるかもしれませんが、改めてお読みいただけると幸いです。
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標題 「共同親権」の導入を柱とした民法等の改正案における「子どもの権利」に関する声明
日付 2024年5月10日
発翰番号  JAMHSW発第24-69号
発信者 公益社団法人日本社会福祉士会 会長 西島善久、公益社団法人日本精神保健福祉士協会 会長 田村綾子、特定非営利活動法人日本ソーシャルワーカー協会 会長 保良昌徳
 
 「共同親権」の導入を柱とする民法等の改正案が、4月19日の参院本会議で審議入りしました。親権をめぐる家族法制の見直しは77年ぶりのことであり、今国会での成立後は、2026(令和8)年までに施行されることとなります。

 現在、我が国は家族に係わる問題が複雑化・多様化しています。様々な対策も行われておりますが、家族間暴力や子どもへの虐待の問題は年々増え続けており、喫緊の課題となっています。このような現状の中、民法等改正案の「共同親権」に関して、グローバル化の進展の中、当事者である子ども自身の権利擁護のための議論が充分尽くされていないのではないかと懸念されています。

 「令和4年度 離婚に関する統計」人口動態統計特殊報告によると、有配偶離婚率は2003(平成15)年をピークに減少傾向が続いているものの、未成年の子がいる割合は6割となっています。離婚の種類別割合は協議離婚が全体の約9割を占めていますが、他方で、近年は離婚調停の不成立により、家庭裁判所の職権による審判離婚が増えている傾向にあり、離婚にまつわる問題が複雑化・多様化していることがうかがえます。

 また、警察庁の調べでは、2023(令和5)年の配偶者からの暴力等の相談件数は約9万件であり、配偶者暴力防止法施行後、最多の件数となっています。暴力事案等の被害者は7割以上が女性であり、加えて、児童虐待における心理的虐待のうち「面前DV」によるものが5万件を超え、こちらも過去最多の件数となっている状況があります。

 「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」では、子どもはまもられるだけの対象ではなく、ひとりの人間として様々な権利を認めること、成長の過程にある子どもが権利をもつ主体であることについて明記しています。「子どもの最善の利益」とは、親のどちらかが子どもに望むことではなく、子どもの最善の利益をどのように保障するかについて決定することであり、あらゆる場面において優先して考慮されるべき原則です。

 要綱案には家庭裁判所が「子どもの利益」を考慮するとされていますが、親権の決定過程からその後の生活保障に至るまで、当事者である子どもの権利がどのように保証され得るのか、子どもの自己決定権や、子どもの意見がどのように表明・反映されるのかということについて、改正案自体に対する子どもたちの意見反映も含め、具体的な議論を充分に尽くす必要があります。 

 わたしたちは、社会福祉士、精神保健福祉士などのソーシャルワーク専門職で組織された団体です。ソーシャルワーカーは、すべての人が人間としての尊厳を有しており、価値ある存在であり、平等であることを深く認識し、社会福祉に関する専門的知識および技術をもって、福祉に関する相談や関係者との連携・調整、その他の援助を行っています。

 今回の民法等の「共同親権」に関する改正案につきまして、「子どもの最善の利益」がまもられるよう慎重な議論を求めます。
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