虐待通報の「その先」を創る
〜通報があった精神科病院・行政機関の『想い』と『これから』〜
今回は、精神科病院と行政機関、それぞれに所属する精神保健福祉士からご寄稿をいただき、2回に分けて掲載します。
虐待は単に個人や組織が時限的に対処するものではなく、私たちが普遍的に意識し続けなければならない課題です。ぜひご一読ください。
(※掲載する2事例の関連はありません。)
精神医療委員会 委員長 大塚 直子
| 「精神科医療にかかわる精神保健福祉士のための虐待予防チェックリスト」を改訂しました。 (2026年1月改訂) 日頃の実践について、ご自身や職場同僚内での振り返りに、ぜひご活用ください! |
| No | タイトル | 報告者(敬称略) | 掲載日 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2 | 第2回 埼玉県における精神保健福祉法の基づく虐待防止にかかる対応について | 濱谷 翼 | 埼玉県保健医療部疾病対策課精神保健担当 | 2026年2月6日 | |||
| 1 | 第1回 職場で虐待事案が発生!そのとき精神保健福祉士は… | 単科精神科病院地域連携室勤務 | 2026年1月30日 | ||||
| ●精神医療委員会委員一覧(会員ページ) | |||||||
| ※報告者所属は、掲載日当時のもの |
![]()
濱谷 翼
埼玉県保健医療部疾病対策課精神保健担当
障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律(令和4年法律第104号)において、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号)(以下、「法」という。)が一部改正され、精神科病院における虐待の防止に関する規定が令和6年4月1日から施行されました。
当県では、法改正前に精神科病院における虐待が疑われる事案を把握した場合、法第38条の6に基づく報告徴収として電話聞き取りや臨時の立ち入り検査による事実確認を行っていました。法改正後は、疾病対策課 精神保健担当に虐待通報窓口を新設し、平日8時30分から17時15分の間に通報を受け付け、休日・夜間においては既存の埼玉県虐待通報ダイヤルで受け付けており、24時間通報窓口を開設しています。全ての事案に共通しますが、通報・届出者が不利益にならないような工夫や配慮等は欠かせません。当課で通報・届出を受けた際は、当該精神科病院に伝えてよい情報の幅を確認しながら対応しています。
また、県と精神科病院が丁寧なコミュニケーションを図りながら、虐待の防止に対応することが重要と考えています。そのため、当県では埼玉県精神科病院協会の精神保健福祉士及び看護師のそれぞれの部会に対し法改正の説明会を実施しました。現在は、精神科病院の管理職から自院の事案を県に通報されるケースも増えています。このことから虐待防止の意識が各院内で定着しつつあることがうかがえ、県にとっても対応すべき事案を迅速に把握することができるようになりました。
臨時の立ち入り検査において業務従事者から聞き取りを行う際、業務従事者を罰するものではなく、あくまでも事実確認をすることが目的である旨を説明しています。さらに、聞き取り終了時には、当県としても虐待に係る知見を積み重ねている時期であり、本制度に関する意見等をうかがっています。
当県の考え方は、通報等を受け仮に虐待にかかる芽があれば、精神科病院と行政機関が連携して早急に摘むことを目指します。それは県内における精神科医療の質の底上げにつながっており、今後も入院者が安心して治療を受けられるよう、精神科病院とともに協働していきます。
単科精神科病院地域連携室勤務
令和6年度の法改正施行後、私の職場でも虐待防止委員会が設置され、研修や倫理カンファレンスの実施、虐待防止マニュアルの作成など、さまざまな取り組みが行われるようになりました。看護部が中心となって進めている感は否めませんが、精神保健福祉士を含めた多職種で議論する場が設けられたことについては、デリケートな話題を共有できる大変有意義な機会となっているように感じています。
そんな中、職場で病棟スタッフAによる入院患者Bさんへの暴力事件が発生します。発覚後、病院管理者より自治体の窓口へ通報を行い、審査等の結果、虐待ケースとして認定されることとなりました。最初の一報を聞いた際、事件の詳細が不明瞭なことへの不安や心配と同時に、「ついに起こってしまったか」、「新聞に載るのだろうか」、「うちの管理者、隠蔽とかしないだろうな…」といった考えが次々と頭に浮かびます。どこか傍観者然としている自分がいた一方、同じ組織の一員としての申し訳なさ、恥ずかしさから、対外的な活動は自粛した方が良いのでは、といった思いも生じてきました。
事件の発覚後、臨時の虐待防止委員会を開催し、私はA以外の病棟スタッフへの聞き取り、またBさんのご家族との面談を担当することとなりました。スタッフからはAの行動を咎める意見もあがる中、「人手不足で、余裕のある対応ができていなかった」、「スタッフが暴力を振るわれたとき、職場は守ってくれるのか」、「自分がAになっていてもおかしくなかった」といった戸惑いの声も聞かれました。印象的だったのは、Bさんのご家族からの「本人も悪いので、逆にすみませんでした」、「(Aの更なる処分やBさんの転院などは)望みません」という意見。それらは本当に本心からの言葉だったのでしょうか。その言葉の背景に、組織や個人、そして社会としても省みるものがあったように思えてなりません。
かねてから虐待に関する事件や報道に触れるたび、「これは決して、対岸の火事ではない」と感じてはいましたが、実際に職場で起こってしまったことで気づかされたことがあります。今回の事件がメディアによって報道されることはありませんでしたが、そのことに安堵する自分が確かにいたのです。警察への通報についても、「それは望みません」とするご家族の意見に強く異を唱えなかったことは、組織やAに対する忖度がなかったとは正直言えません。虐待を秘匿しようとする素地は、間違いなく私の中にもあったのです。 私たちには「権利擁護の専門職」という自負があります。それはともすれば「権利を守る側」であるという思い込み、慢心につながる危惧を併せ持つものではないでしょうか。私たちは、加害者になり得るのです。人権意識、情報発信、内外との連携等。自戒の念を込めて、改めて医療機関における精神保健福祉士の在り方を考えていきたいと思います。
※本事例は体験に基づいた創作事例です