No | タイトル | 執筆者(敬称略) | 掲載日 | |
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1 | 「普通に働く」ことを目指した、Aさんと私の10年 | 太田 隆康 | 就労・雇用支援の在り方検討委員会 委員
相談室あめあがり(岐阜県) |
2024年1月17日 |
0 | はじめに インクルーシブな雇用の好事例を募集します! | 谷奥 大地 | 就労・雇用支援の在り方検討委員会 委員 (公財)浅香山病院 アンダンテ就労ステーション(大阪府) |
2023年8月10日 |
- | あなたの勤務先等でのグッドプラクティス募集中(募集ページ) | 2023年8月10日 | ||
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※執筆者所属は、掲載日当時のもの
太田 隆康
就労・雇用支援の在り方検討委員会/相談室あめあがり(岐阜県)
「やっと、ここまできた」
「ここまで、ほんと長かった」
D社で仕事を始めて1ヶ月ほどたったAさんに会った時、彼はそうつぶやいた。
Aさんと相談支援専門員の私との付き合いはもう10年にもなる。
X−10年前 最初に会った時のAさん(当時20代後半)は軽作業中心の就労継続A型を利用していた。施設内の客観的に見たら理解不能なルールに対してストレスを感じるとともに、一般就労をしたい、もっと稼ぎたい、という気持ちを持っていた。
しかし、その就労継続A型では一般就職に向けた支援を受けることは難しかった。Aさんと私は作戦を立て、A型離職して失業給付受給しながら就労移行支援を利用した就職を目指す。半年ほどで無事にB社での就職が決まった。
X−8年前 B社では責任ある役割を任されるとともに、色々な知識を身に着けたりもした。一方で職場の人間関係にも苦しんだ。単年度契約・週30時間勤務であったが、さらにお金を稼ぎたい、という気持ちがあり、数年後にC社へと転職。
X−5年前 C社は単年度契約の週40時間勤務。ここでも彼は責任ある役割をきちっとこなしていた。彼としてはもっと稼ぎたい、という気持ちがある。しかし、単年度契約の社員から正社員への昇格の道はC社にはなく、さらなる待遇向上は望めない。既にフルタイムで働きながら「もっとお金が欲しい」と望むAさんに対して、ある支援者は「欲張り」扱いしてきた。
Aさんの望みはそんなに欲張りであろうか。C社での手取り給与は15万にも満たない。賞与を入れても年収200万円ほど。健常者であれば「ワーキングプア」とされるラインである。一人暮らしのAさんが、さらにお金が欲しいと望むことのどこが「欲張り」であろうか。
X−1年前 C社を離職して就職活動をすることとなる。障害者求人を見ていても、「ワーキングプア」を脱出できる求人はなかなか見つからない。一般向けの求人を見ながら、苦手なことに対する合理的配慮をお願いする、という形をイメージした。そんな中でD社の求人と巡り合った。一般求人に応募したところ、D社代表が自分の経歴に興味を持ち、面接の場でこれまでの話を伝えたうえで採用となった。
そして、D社で仕事を始めて1ヶ月経った頃、Aさんは冒頭の言葉をつぶやいた。
大学時代に彼がイメージしていた人生は心病んでいったことでどんどん崩れ、色々なものを失い、あきらめていた。その失ったものを少しずつ取り戻してきたこの10年間。そんな彼が「リカバリーできた」と思ったタイミングは、障害者枠で認めてもらえた時ではなく、一般の企業の中で一人の従業員として認められたタイミングであった。
しかし、あくまでも彼にとって今はスタート地点だ。今の職場でスキルを向上させたい、もっと勉強をしたい、国家資格を取りたい、といった気持ちがある。
今のAさんの話をすると、支援者たちは「Aさんが特別できる人だから」といった感想を抱くであろう。しかし、この十年間でAさんは支援機関と何度もトラブルになっている。決して支援者目線での「優等生」ではない。
そもそもAさんがぶつかっていた壁はAさんの疾患・障害によるものだけでなく、「ロスジェネ世代のキャリア再構築の問題」と「待遇面等で分離された障害者雇用の問題」が掛け合わさった壁である。
「インクルーシブな雇用」を考えるためには、分離・隔離された障害者雇用によって生じている問題をきちんと当事者目線でとらえること。問題の要因を障害当事者の「障害」や「努力不足」に責任転嫁しないこと。社会の問題をソーシャルワーカーがきちんと考えることが大前提ではないだろうか。
※事例の掲載にあたっては、本人の承諾を得ています
谷奥 大地
就労・雇用支援の在り方検討委員会/(公財)浅香山病院 アンダンテ就労ステーション(大阪府)
障害者雇用を巡る状況は目まぐるしく変化しています。厚生労働省によると民間企業で働く障害者の人数はこの10年で1.6倍(平成24年:38万人→令和4年:61万人)増加し、とりわけ精神障害者の数は6.4倍(平成24年:1.7万人→令和4年:11万人)と飛躍的な伸びを見せています。(令和4年「障害者雇用状況の集計結果」:厚生労働省)
法定雇用率もこの10年で0.5%上昇し、令和5年4月現在、民間企業においては2.3%、令和6年からは2.5%となる予定です。
こうした法整備の背景には「障害者の権利条約」を日本が批准したことが大きく影響しています。ご存知のように、令和4年には国連による初の日本審査が行われました。この審査の結果、特に強い勧告を受けたのは精神科における長期入院の問題やインクルーシブ教育についてでした。
さて本コラムのタイトルにもある「インクルーシブ」という言葉ですが、教育分野だけでなく、持続可能な開発目標、いわゆるSDGsの中でも「インクルーシブな社会を目指す」ということが繰り返し出てきます。
そこで、本コラム「インクルーシブ雇用について語ろう」を始めるにあたり、まずは「インクルーシブ」とは何かについて考えてみたいと思います。
インクルーシブとは何か、を考える上で、反する、あるいは類似する概念との比較を行ってみます。下図はそれらの概念を示したものです。
「インクルーシブふくおか」のHPより転載(引用元Webページ)
といった意味合いになります。
先の国連勧告では日本のインクルーシブ教育に関して特別支援学校や特別支援学級は「分離教育」にあたると指摘されました。雇用に関しては、障害者雇用促進法により法定雇用義務の対象が精神障害者に拡大し合理的配慮の規定を義務付けたことは肯定的側面として評価されていますが、労働及び雇用(第27条)において以下のような勧告がなされました。
労働及び雇用(第27条)
57.委員会は、以下を懸念する。
(a) 低賃金で、開かれた労働市場への移行機会が限定的な作業所及び雇用に関連した福祉サービスにおける、障害者、特に知的障害者及び精神障害者の分離。
(b) 利用しにくい職場、公的及び民間の両部門における不十分な支援や個別の配慮、限定的な移動支援及び雇用者への障害者の能力に関する情報提供等、障害者が直面する雇用における障壁。
(c) 障害者の雇用の促進等に関する法律に規定される、障害者の雇用率制度に関する地方政府間及び民間部門間の格差、及び実施を確保するための透明性のある効果的な監視の仕組みの欠如。
(d) 職場でより多くの支援を必要とする者への個別の支援サービスの利用に関する制限。
(a)は雇用における「分離」について、特に知的障害者や精神障害者が一般就労に移行できないまま低賃金の作業所で働いている状態に対する指摘です。(b)や(d)では働く上での合理的配慮が不十分である点を指摘されています。こうした合理的配慮の不足は、言い換えれば「統合」は達成できていたとしても、インクルーシブではない、といえます。
この勧告からもわかるように、日本における障害者雇用はまだ十分にインクルーシブであるとは言い難いのが現実です。昨今、障害者雇用代行ビジネスなど雇用形態も多様化し、その妥当性については論議にもなっています。
しかし一方ではそれが叶えられている、あるいは限りなくそれに近い職場もまた存在するはずです。そこで私たち「就労・雇用支援の在り方検討委員会」では「インクルーシブ雇用」かどうかの指標として以下のようなポイントがあると考えました。
これら全てを満たすことは難しいかもしれませんが、いくつか該当するとか、その実現を目指している現場はあるのではないでしょうか。
こうした議論を経て、本委員会ではこうした「インクルーシブ雇用」をもっと広めるために、コラムの連載を開始し、みなさまからも障害者雇用の「グッドプラクティス」を募集します。
あなたの支援されている方の職場、あるいはあなた自身の職場でのインクルーシブ雇用のための実践について是非お話をお聞かせください。
精神障害者の就労支援に関わっている構成員の皆様、インクルーシブ雇用の実践について、ぜひ投稿お願いいたします。詳しくは投稿フォームへ↓
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