最低でも一日8時間を過ごす職場は、どのような環境であるかによって、心身への影響が大きくなる場所です。仕事の役割や、貢献感があれば、健康向上につながる場所でもあります。職場のストレス要因を少なくし、働く喜びを感じられるように環境を整えていくことは、心身の不調を予防することにつながります。
分野別プロジェクト「産業精神保健」では、ストレスチェック制度の実施者として精神保健福祉士が担うことになってから、働く人のメンタルヘルスに取り組んでいるMHSW向けに、社会情勢と連動して労働環境で起きていることを確認し、新しい法制度の情報や、どのような取り組みが労働環境の改善につながるかを、分野別研修という形で行ってきました。
そして、これからの本プロジェクトで何に取り組むべきか、という話し合いをしていく中で、私たち自身が労働者として働いている環境は、はたして、どうなっているのか?という問いが立ち現われました。
みなさんの周りで、一緒に働いてきた仲間が燃え尽きてしまったり、このままでは倒れてしまうのでは、と心配な方はいませんか?
支援者は、目の前にいる人へのサポートに、日々エネルギーを注いでいます。やりがいがある仕事ではありますが、心身への負担が大きい感情労働でもあります。関わる方のケアには気を配りますが、自らのケアは優先順位が低くなりがちで、後回しにしていないでしょうか。
精神障害の労災申請補償状況は、年々件数が増加しており、この10年で10倍の申請件数になっています。その中でも、申請件数の多い業種は、医療・福祉です。他の業種では、徐々に働き方改革が進んできていますが、医療・福祉の現場は、社会福祉制度の課題などと複雑に絡み合っており、労働環境を改革するのは一筋縄ではいきません。まずは、私たちが自分ごととして、健康的に働けるような医療・福祉のあり方はどのような形なのか、一緒に考えて、国や組織に伝えていくことが重要だと考えています。
本プロジェクトでは、その一つの方法として、精神保健福祉士のストレス状況のアンケート調査から、現在の働く環境がどうなっているのかを分析・考察を行っていきます。そして、個人でできること、組織としてできること、国として取り組んでもらいたいこと、とそれぞれの対策をみなさんと一緒に考えていきながら、医療・福祉の職場環境を改善していく取り組みにつなげていきたいと考えています。
本コラムでは、みなさんに役立つセルフケアから、働く人のメンタルヘルスに関わる情報を提供していきながら、私たちが、ただ雇用する側される側というだけでなく、ともに働く場をつくるという意識を、一緒に高めていけたらと思っています。
分野別プロジェクト「産業精神保健」 リーダー 春日 未歩子
No | タイトル | 執筆者(敬称略) | 掲載日 | |||
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5 | 第5回 「セルフケア」できていますか? | 真船 浩介 | 分野別プロジェクト「産業精神保健」 産業医科大学(福岡県) |
2024年6月5日 | ||
4 | 第4回 精神保健福祉士と“4つのケア” | 田村 三太 | 分野別プロジェクト「産業精神保健」 一般社団法人MHCリサーチ&コンサルティンググ(東京都) |
2023年2月23日 | ||
3 | 第3回 精神保健福祉士と産業精神保健 | 田村 三太 | 分野別プロジェクト「産業精神保健」 一般社団法人MHCリサーチ&コンサルティング(東京都) |
2022年8月31日 | ||
2 | 第2回 精神保健福祉士のセルフケア「どうしていますか?」 | 重山 三香子 | 分野別プロジェクト産業精神保健 特定非営利活動法人NPOあおぞら(東京都) |
2022年2月18日 | ||
1 | 第1回 精神保健福祉士×ストレスを考えてみよう | 島袋 恵美 | 分野別プロジェクト「産業精神保健」 沖縄メンタルサポート&コンサル(沖縄県) |
2022年1月14日 | ||
●分野別プロジェクトチーム「産業精神保健」メンバー一覧(会員ページ) |
※執筆者所属は、掲載日当時のもの
真船 浩介
分野別プロジェクト「産業精神保健」/産業医科大学(福岡県)
「医者の不養生」「紺屋の白袴」「大工の掘っ立て」,その道のプロも自身のことになると,専門性が活かせないことは珍しくないようです。 精神保健福祉士も,自分自身を支援する「セルフケア」は得意ではないのかもしれません。「社会福祉業」は,仕事によって心の健康を害してしまい,働けなくなってしまった場合に補償する「労災」の申請が最も多い業種です。数多くの本協会構成員の皆様にご協力頂いた私たち「産業精神保健プロジェクト」の調査でも,同様の知見が得られました。「心理的ストレス」が「うつ病」に相当する水準は,46.7%に達していました。今回使用した評価項目(K6)は,厚生労働省が3年に1回実施する国民生活基礎調査でも使用されていますが,2022年の働く世代の「うつ病」に相当する水準は10%前後で,今回の調査の所見が多いことがわかります。
このような心の不調の背景として,今回の調査から明らかになった要因は「役割」の負担と「孤独感」です。関係各所からの相反する要望への対応や職務の範囲や責任の曖昧さといった役割に関する負担を感じている精神保健福祉士は,「うつ病」相当の所見が2.2倍,生じやすくなることが分かりました。同様に,「分かってもらえない」「浮いている」といったように「孤独感」を感じている場合は,「うつ病」相当の所見が5.4倍,生じやすくなりました。精神保健福祉士の専門性やコンピテンスを振り返ることは,勤務先での役割を明確にする上で役に立つかもしれません。また,周囲の関係者にご自身の専門性を理解してもらい,補い合うことも大切なようです。
支援対象者に必要な資源を繋げるように,ご自身の得意分野を活かしたネットワークを築くきっかけにしてはいかがでしょう?
田村 三太
分野別プロジェクト「産業精神保健」/一般社団法人MHCリサーチ&コンサルティング(東京都)
精神保健福祉士法の『精神保健福祉士』の定義が改正され、2024年4月1日から施行されることになりました。「精神障害者及び精神保健に関する課題を抱える者の精神保健に関する相談に応じ、助言、指導、日常生活への適応のために必要な訓練その他の援助を行うこと」と定義上の支援対象者は広がりますが、産業精神保健分野で働く精神保健福祉士は精神障害者や精神保健に関する課題を抱える者だけでなく、現時点で課題を抱えていない従業員に対しても予防的支援を行っています。
厚生労働省は産業精神保健対策として『職場における心の健康づくり〜労働者の心の健康の保持増進のための指針〜』のなかで“4つのケア”を推奨しています。1)(労働者による)セルフケア、2)(管理監督者による)ラインケア、3)(産業医、産業看護職、衛生管理者、社内EAP等による)事業場内産業保健スタッフ等によるケア、4)(事業場外の機関、専門家、社外EAP等による)事業場外資源によるケア、の“4つのケア”が継続的かつ計画的に適切に実施されるように、事業場内外の関係者が相互に連携し、取組みを積極的に推進することが大切である旨が書かれています。
産業精神保健分野で働く精神保健福祉士は上記の推進・調整・実施役を担っています。
皆さまが働く職場では“4つのケア”はどのくらい機能しているでしょうか。
当プロジェクトでは、精神保健福祉士のストレスについての調査を実施中です。精神保健福祉士が働く職場についても精神保健福祉士の仲間と一緒に考える機会になればと思います。調査へのご協力をどうぞよろしくお願いいたします。
田村 三太
分野別プロジェクト「産業精神保健」/一般社団法人MHCリサーチ&コンサルティング(東京都)
2022年6月より分野別プロジェクト「産業精神保健」メンバーとして加わりました田村三太です。
私は産業精神保健の領域で活動したいと思い一般養成科に通い、精神保健福祉士の資格を取得しました。産業精神保健では産業医・保健師・心理職・人事労務担当者・管理監督者等と連携協働をしながらクライアントの支援にあたります。クライアントは従業員“個人”でもあり、企業という“組織”でもあり、マルチクライアント環境になります。そこが難しい所でもあり、産業精神保健の面白いところでもあります。環境や関係性への介入というソーシャルワークの専門性を活かせる場でもあります。
最近はCHO(Chief Happiness Officer)やCWO(Chief Well-being Officer)という役職を置く企業も徐々にではありますが増えてきています。メンタル不調や疾患がある従業員のサポートだけでなく、皆がいきいきと働けるような環境設定にも意識が向いてきたからでしょうか。企業が実施するストレスチェックもマイナス面の設問だけでなくポジティブな設問項目を増やして実施している企業も増えてきています。「ポジティブ心理学」の盛り上がりとともに、産業精神保健も不調や疾患を未然に防止する「1次予防」や、不調者を出さないような健全な組織的取組みや働きやすい職場環境設定を行う「0次予防」にも関心が広がりつつあります。
皆さまが所属されている組織ではいかがでしょうか。当プロジェクトでは、精神保健福祉士のストレスについての調査も実施予定です。精神保健福祉士が働く“環境”についても精神保健福祉士の仲間と一緒に考える機会になればと思います。調査へのご協力をどうぞよろしくお願いいたします。
重山 三香子
分野別プロジェクト産業精神保健/特定非営利活動法人NPOあおぞら
私の話で恐縮だが、産業精神保健を知ったきっかけは、組織内での、とある自死事案に遭遇したことであった。2000年の介護保険スタートから、介護や福祉の職場は急増したが、一方で「ブラック職場」と揶揄されるようになっていた頃である。
その後のポストベンション(自殺対策における三次予防)として、私は「メンタルヘルス研修」なるものを、人生で初めて受講することになったが、この体験が、精神保健福祉士として産業精神保健分野で働くことが、私のライフワークとなった。メンタルヘルス研修を受講しながら、やりたかった仕事はこれだ!と、一瞬でひらめいた感じがあった。
産業精神保健の仕事は、「働く人や働き方を支援する」ソーシャルワークである。働く環境にも着目し、幸福(well-being)を目指した支援をしていける現場でもある。
誰しも、悩みはある。
それは、職場の人間関係や、家族のことや、仕事のやりがいや、自分の本当にやりたいことや、この先の人生など、深刻ではないが、漠然とした不安を抱きながら、日々、モヤモヤしている。このような悩みは、比較的「健康的な悩み」ではあるが、それでも、小さなことでも気軽に話すことができると、とてもすっきりと、ちょっと元気になれる。
福祉に携わる専門職は、セルフケアの重要性を皆知ってはいても、それを実践することは、難しいという声を、多く聴くが、それはなぜなのか。
本プロジェクトでは、精神保健福祉士のストレスについての調査を実施し、精神保健福祉士の職場環境についても明らかにしていきたいと考えている。
ぜひ、皆様、調査にご協力ください。
島袋 恵美
分野別プロジェクト「産業精神保健」/沖縄メンタルサポート&コンサル(沖縄県)
ストレスという言葉はあまりに日常に溶け込んでいるが、その実態把捉は容易でない。まして尚更、自身のストレスは分かっているつもりで誤想しがちである。
産業保健における活動は、職場で醸成されるストレスを分析し、労働者個人と組織が健やかなる手立てを探っていく。職場環境を調べ、職業上のストレス状況とともに個人史や個人の認知行動特性をも紐解いていく必要もある。ミクロとマクロの視点を併せ持った活動は、まさに精神保健福祉士らしさを発揮できる分野であるとも言える。
さて、私たちも精神保健の専門職としての役割を担った一労働者である。他者支援の意識は高くても自身のストレスケアはおざなりになっていないだろうか。職業アイデンティティと現実業務とのギャップ、一人職場、業務評価のなさ、努力と報酬の不均衡など、もしかしたら精神保健福祉士特有のストレスもあるかもしれないが、看護や介護職のストレス研究に比して精神保健福祉士のそれは過少であり実態は明らかではない。
実は、今年度末から産業保健Pチームでは、精神保健福祉士のストレスアンケート調査を展開したいと考えている。ぜひ協力をお願いしたい。