機関誌「精神保健福祉」

通巻82号 Vol.41 No.2(2010年6月25日発行)


目次

巻頭言  今、思うこと/竹中 秀彦

特 集 精神科医療における精神保健福祉士の今日的課題―揺るがない基盤をつくりだす道程

〔総説〕
精神科医療の動向と改革の方向性─生活の支援としての精神科医療となり得ているのか/大塚 淳子
精神保健福祉士の地平 ─切り開いてきたものと地平の彼方に見える幻/柏木 一恵

〔各論〕
精神科病院で働く精神保健福祉士の今日的課題/澤野 文彦
精神科診療所で働く精神保健福祉士の今日的課題/渡邉 昭宏
診療報酬と精神保健福祉士─精神科病院改革・脱施設化を進めるために知っておくべき医療経済と診療報酬の仕組み /熊谷 彰人

〔実践報告〕
経験3年目─実践を通してPSWの存在意義および原動力を考える/大越 美穂
経験6年目─こだわりとワクワク/毛塚 和英
経験8年目─8年目を迎えて/難波 都子
経験10年目─精神保健福祉士の魅力〜出逢いにより「自分が変わる」〜/岩崎 弘幸
経験12年目─迷い悩みながらも続けていく理由/米坂 直美
経験16年目─医療のなかの精神保健福祉士として/鈴木 詩子

誌上スーパービジョン
寄り添いたい思いと指導的かかわりの間で揺れる事例を振り返る─金銭管理にかかわるPSWと当事者の関係性 ─スーパーバイザー/柏木  昭

トピックス
平成22年度診療報酬の改定/木太 直人
精神保健福祉士養成課程における教育内容等の見直しについて/中村 和彦

研究論文
精神保健福祉領域におけるワーカー-クライエント関係に影響する精神保健福祉士のアイデンティティと対象者観─項目反応理論による量的調査/大谷 京子

情報ファイル
「精神保健福祉援助実習における『認定実習指導者養成』モデル研修」/菅野 正彦
「課題別研修/ソーシャルインクルージョンを目指して─医療観察制度における地域処遇推進のための支援者研修」について/黒岡 真澄
「第5回日本地域司法精神保健福祉研究大会」に参加して/遠藤 紫乃
「課題別研修/オムニバス研修〜精神保健福祉士の魅力〜in香川」/中野 佑美

リレーエッセイ
「無題」/北澤 佳隆

連載
実践現場からのつぶやきコーナー「P子の部屋」、協会の動き/坪松 真吾 書評/三井 克幸・神吉まゆみ
投稿規定/協会の行事予定/2010年開催 精神保健福祉関連学会・研究会一覧


巻頭言

今、思うこと

社団法人日本精神保健福祉士協会会長/京ヶ峰岡田病院 竹中 秀彦

 2009(平成21)年9月の「今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会」の報告書「精神保健医療福祉の更なる改革に向けて」は、「地域を拠点とした共生社会の実現」に向けて、精神保健医療体系の再構築、精神医療の質の向上、地域生活支援体制の強化、普及啓発の重点的実施などを示し、新たな目標値として、2014(平成26)年までに統合失調症の入院患者数を約15万人まで減少させる(2005〔平成17〕年:19.6万人)とし、認知症に関しては2011(平成23)年度までに具体化するとしました。

 政府は内閣府に「障がい者制度改革推進本部」を設置し、当事者を中心とした「障がい者制度改革推進会議」がスタートし、本会議では、障害者の権利条約の批准をめざした国内法整備に向けた諸課題への取組みが始まりました。権利条約の非差別・平等の原則を踏まえ、精神医療に関しても大きな論点となり、精神保健福祉法が医療と保護を目的に挙げていることについては、「精神医療は一般医療に包摂し、精神障害者福祉は障がい者総合福祉法(仮称)に包摂する」ことで法体系を整理すべきという大枠を示しています。そのほかにも「医療観察法」は法施行後5年目の運用状況報告の時期を、「成年後見制度」は施行後10年が経過するなど、さまざま精神保健医療福祉の政策動向に注視する必要があります。本年4月の診療報酬改定では、医療崩壊の是正のために10年ぶりにわずかなプラス改定(0.19%)がなされました。救急医療や手術などを実施している公立病院などは数パーセントのプラスが予想されますが、民間病院中心の精神科病院は薬価の引き下げにより、全体ではマイナス改定になるといわれています。

 こうしたなか、「精神保健福祉士の養成の在り方等に関する検討会」のまとめも公表され、養成課程における教育内容等の見直しにおいて新カリキュラム案も示されました。今期の第174回通常国会では、精神保健福祉士法の改正も含まれる法案が審議されています。本協会としては、より高い専門性と時代を見据えた広い視野をもち活躍できるよう、個々の精神保健福祉士の資質の向上を図るためにスタートした生涯研修制度が3年目を迎えます。半数の構成員が受講し、約2千人が「研修認定精神保健福祉士」として登録されています。生涯研修制度の充実をはじめ、精神保健福祉政策に関する社会的発言を行う等、専門職団体として与えられている社会的責任を果たし、さらに組織体制の強化と整備を図り、組織率の向上にも傾注したいと考えています。 いずれにしても、構成員1人ひとりが“誰がための国家資格であり、何のための組織活動なのか”を念頭に置き、精神障害のある方々の社会的復権と福祉の向上、そして国民の精神保健の向上に寄与することのできる精神保健福祉士として、実践を積み上げるとともに本協会の歴史にとっても変わり目となる年であることを意識して、大きな前進を成し遂げる一年にしたいと考えています。


 特集 精神科医療における精神保健福祉士の今日的課題―揺るがない基盤をつくりだす道程

 1987(昭和62)年精神保健法施行を機に、わが国の精神科医療は大きな転換期を迎えた。社会防衛思想に彩られた長きにわたる精神科医療機関などへの隔離収容政策は幕を閉じ、その後の度重なる法改正を経て、現在は精神障害者の地域生活の実現が施策の中心に据えられている。それに伴い、精神科医療機関にも大きな変革の波が絶えず押し寄せ、変わらざるをえない現状や変わるべき方向性と常に直面化し続けてきた。そして今日、自殺対策やうつ病対策、認知症対策、リワークを射程に入れた支援など、医療機関に求められている役割はさらに拡大の一途をたどっている。

 こうした流れのなかにおいて、精神保健福祉士に課せられる役割も変容を求められてきた。そのためか、入院期間の短縮、機能分化、業務の細分化などで「以前よりも、じっくりとかかわる時間や余裕がもてない」「他の専門職種との間で、自分たちの専門性を発揮できない」など苦悩する精神保健福祉士の声をよく耳にする。そして見渡すと、比較的短期間で離職する精神保健福祉士の姿も多く目にするようになった。

 この激流ともいえる大きなうねりにのみ込まれ溺れそうになる今日の精神科医療の現状は、確かに厳しい。だからこそ、私たちは今、自分たちの価値、譲れない信念、手放せない専門性などを再度確認することが必要なのではないだろうか。本特集では、こうした問題意識に立ち、多様な角度からこの課題に切り込むことを試みた。精神科医療機関においてさまざまな経験年数や実践内容をもつ精神保健福祉士の方々から、どのような課題に直面してきたのか、それをどのようにして乗り越えてきたのか、その想いや工夫などを率直に論じていただくとともに、新たな課題と意気込みなども語っていただいた。ここから、いかに社会的背景や精神保健医療福祉が変容しようとも、精神保健福祉士として大切にしなければならないものが何であるのか、それをいかにして守るのか、精神科医療機関における精神保健福祉士の存在意義は何であるのかなどを読み解き、改めて、広く構成員のみなさまと再考する場となれば幸いである。

(編集委員:松本すみ子)


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