機関誌「精神保健福祉」

通巻122号 Vol.51 No.3(2020年9月25日発行)


目次

[巻頭言]
呉下の阿蒙に非ず/渡邉 俊一

[特集]精神障害者の社会的復権と就労;就労支援の在り方を権利擁護の視点から問い直す
[総論]
・序;就労支援における実践とソーシャルワーク/森  克彦
・精神障害者の就労・就労雇用支援における倫理とかかわり/廣江 仁
・希望を育むIPS援助付き雇用の可能性;ソーシャルワークの観点から/中原さとみ
・就労支援・労働現場での権利擁護;その支援、誰のための支援ですか?/太田 隆康
・生活から「就職」、「定着」をとらえ直す;実績よりも大切なこと/谷奥 大地

[調査報告]
・精神保健福祉士の就労支援に関する意識調査/就労・雇用支援の在り方検討委員会

[実践報告]
・会社に雇用されている精神保健福祉士が行う支援;特例子会社での一例/川上奈津江
・精神障害当事者からみる雇用支援 稲垣麻里子
・踏み出した一歩を、次の一歩につなげるために;障害福祉サービス事業所ができること/大久保圭子

[特別企画]精神保健福祉士・社会福祉士のカリキュラムの見直しと求められる教育;実習指導者の視点からみる新カリキュラムと未来
・精神保健福祉士の教育内容の見直しをどう受けとめるか;これからの精神保健福祉士のソーシャルワーク力強化に向けて/田村 綾子
・精神保健福祉士の新カリキュラム施行に伴う未来の実習教育/岩上 洋一
・精神保健福祉士と社会福祉士の新カリキュラム施行に伴う期待と未来/中島 康晴
・ソーシャルワーカーとしての精神保健福祉士の養成/白澤 政和
・精神保健福祉士として育ち続けられる力の涵養/洗  成子

[連載]
・わたし×精神保健福祉士 第8回/出会えて、良かった。/山口麻衣子
・情報クリップ
「第34回国際障害者年連続シンポジウム『自立生活運動・オープンダイアローグ・当事者研究』の報告」/常盤 真帆
「国立のぞみの園主催『非行・犯罪行為に至った知的障害者を支援し続ける人のための双方向参加型研修2020』に参加して」/平田 哉
・BOOKガイド/細谷 友子・坂本 祐子
・投稿要項


巻頭言

呉下の阿蒙に非ず

合同会社希づき 住宅型有料老人ホーム・デイサービスセンターりほーぷ 渡邉 俊一

 私が、『三國志』に魅了されて長い歳月が過ぎた。

 思えば、中学生時代にゲームを通じて初めて三國志の世界にふれ、現在まで小説や漫画などあらゆる関連文庫にドラマや映画に至るまで多くの三國志で描かれる世界を垣間見てきた。三國志といえば、「魏・呉・蜀」という三国を中心に中国統一を目的とした群雄割拠の争いが繰り広げられた紀元200年前後の中国におけるオトコの浪漫が溢れる歴史物語である。また、中国史から生まれた故事成語の奥深さに興味が強かったこともあって、余計にその世界に引き込まれていった。この物語から生まれた故事成語も数多くあるが、とりわけ気に入っているものに「呉下の阿蒙に非ず(ごかのあもうにあらず)」というものがある。

 三国時代、呉に呂蒙という人物がいた。呉では一、二を争う猛将であったが、「戦いが忙しく、勉学をしている暇などない」と学問を一切行わず、そのため教養はまったくといっていいほどなかった。それを見兼ねた呉の君主・孫権は「何も学者になれとは言わない。ただ、少しでも書物を読み、学問にふれることも大切だ」と諭し、呂蒙もそれ以降、少しずつ学問に励むようになった。それからしばらくしたある日、友人の魯粛が呂蒙を訪ね、あれこれ質問したところ、何にでもスラスラと答えるまでに高い見識と知識を身につけていた。魯粛は呂蒙の肩をたたき「呉下の阿蒙に非ず(もう昔の無学の蒙ちゃんとは呼べないな)」と言い、呂蒙は「士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし(人は、三日も会わなければどんな成長をしているかわからないものだ)」と返した。

 話は現実に戻るが、現在、新型コロナウイルスの流行禍において、いまだ行動自粛を強いられ、新しい生活様式の実践と、これまでにない何かと窮屈な日常が続いている。本来であれば、行楽の秋に心躍らせ、アクティブで清々しい時季であるはずだが、時節関係なくしばらくは難しそうである。

 人とのかかわり方や日々の過ごし方にも変化が求められる現状、全国の仲間と再びふれあえる日が1日でも早く訪れることを心から願いつつ、このやや閉塞的な日常を、自分磨きの有意義な時間や新たな挑戦の機会やきっかけととらえたい。呉の呂蒙のように進歩し、成長できる、かけがえのない期間にできると信じている。

[特集]精神障害者の社会的復権と就労;就労支援の在り方を権利擁護の視点から問い直す

特集にあたって

 近年の障害者雇用の推進は目覚ましく、とくに精神障害者の雇用件数は大きく増加している。企業就労だけではなく、福祉的就労もさまざまな形態で促進されてきた。これは、就労支援施策の拡充、多様な形で展開される福祉サービスや専門職による取り組みの成果といえる。

 雇用支援は就職件数・定着件数等で評価される。就労継続支援A型・B型事業においては工賃向上が大名目である。前者はサービス提供の成果を正しく評価し、後者は障害者の収入の評価をする意味で重要である。一方でそればかりを意識した支援は、本人のニーズを置き去りにしかねない危うさがある。例えば、短時間労働は雇用率に反映されにくく、福祉サービスにおいては短時間や通所日の少ない利用者への支援が正しく評価されにくい。制度上の課題も多く、選択肢や支援内容に制限があり、権利擁護を脅かしかねない状況がある。

 本協会では「社会的復権を語ろう運動」を構成員に呼びかけてきた。その前提には倫理綱領があり、「クライエントの社会的復権・権利擁護と福祉のための専門的・社会的活動」が掲げられている。本企画では、そうした精神保健福祉士の専門性を認識し、主に精神障害者の就労雇用支援における現状と課題について検証することとした。そこで、本協会の「就労・雇用支援の在り方検討委員会」の実践や調査報告を中心に雇用支援の在り方を考察するとともに、企業・福祉サービス・精神障害当事者の実践現場から雇用支援と社会的復権の考え方について報告いただいた。

 社会的入院の解消の先には地域社会における生活があり、多様な形で働くことはそれを支えることになる。本企画を通じて精神障害者の働く意味を再認識し、精神障害者の社会的復権、さらには共生社会の実現に向けて、生活の質を高めるための雇用支援の在り方を構成員の皆さまと共有したいと考える。

執筆者 鈴木 篤史


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