機関誌「精神保健福祉」

通巻117号 Vol.50 No.2(2019年4月25日発行)


目次

[巻頭言]
「感じる力」と「考える力」/有野 哲章

[特集]ケアラー支援;新たな家族支援のあり方を考える

[総論]これからの家族支援とは;ケアラー支援の視点から再考する/森田久美子

[各論]
日本の精神保健福祉領域における家族支援の現状と課題/佐藤 純
2017年家族支援等のあり方に関する全国調査にみるケアラー(家族介護者)の実態と課題/杉本 豊和
医療観察法における家族支援/望月 和代

[実践報告]
精神障害者にも対応した地域包括ケアシステムにおける京都府のケアラー支援の取り組みについて/熊取谷 晶
家族も利用できる多目的宿泊施設「しゅう」/品川眞佐子
ケアラーのライフ(生活/人生)を取り戻す;メリデン版訪問家族支援によるケアラー支援/上久保真理子
当院における家族心理教育の実践/藤吉 珠弥
精神に障害がある人の配偶者・パートナーの支援を考える/谷口 恵子
県型保健所で取り組む家族支援;地域包括ケアシステム構築のために/岡田 隆志

[研究論文]
PSWの資質向上に関する研究;経験年数による違いに着目した現任教育への提言/岡田 隆志

[実践報告]
当事者研究の実践事例;べてぶくろの当事者研究をもとに/五十嵐佐京

[連載]
つくる・つなぐ・ひらく 第5回/「メンタルヘルス・ソーシャルワークの視点で子育て家族を応援したい」/田村 芳香
声 第4回/「精神保健福祉士の闘い」/川村 有紀
わたし×精神保健福祉士 第4回/「支援者には価値がある。」/和賀 未青
学会誌投稿論文等査読小委員会連載企画 実践の見える化 第4回/「先行研究」/山口 創生
BOOKガイド/岡本 亮子・小柳 仁美

・協会の動き/坪松 真吾
・協会の行事予定
・2019年度開催精神保健福祉関連学会・研究会一覧
・ 投稿要項


巻頭言

「感じる力」と「考える力」

社会福祉法人蒼溪会 理事長 有野 哲章

 「Don’t think, feel(考えるな、感じろ)」、これはブルース・リーの映画に出てくる有名な言葉である。真剣勝負の世界で生きている人は、みんな同様のことを言っている。例えば将棋の羽生善治さんも「直観に勝るものなし」と述べており、一番大事なときに信じられるのは、あれこれと考えることではなく、自分の直観を信じて行動することだと。大事なときに活躍できるように、自分の感性は常に研ぎ澄ましておかなければならない。

 しかし、「Don’t think, feel」は、誤解を恐れずに言うと、何の鍛錬もしていない人間が言う言葉ではないと考える。何も考えてない人間が、感じたままに動くのは身勝手であり、周りの迷惑につながってしまう。つまり大事な場面で感じられる人間は、たくさん苦労し考えている人間であり、たくさん行動し、実践してきた人間だと思う。宮本武蔵は「千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす」と言っており、これが鍛錬の語源といわれている。簡単に計算すると、千日は約3年、万日は約28年かかる。働いた時間がその年月経てば、鍛錬したことになるのかといえば、そんなことはなく、考え、訓練し、行動を長い年月積み上げるしかないだろう。

 私たち専門職は、理念に向けて実践を培い、精神障害者の社会的復権を実現するために、日々考え動いている人だと思う。私の尊敬する先輩は、私に「信じる道を貫け」とかつてメッセージを送ってくれた。

 今回常任理事になって、精神科病院に長く入院している精神障害者のために、私を支えてくれる人のために、自分が信じる道を貫く勇気が必要だと感じている。

 私は先人の最後尾をひたすら追いかけながら、次のよき時代をつくるために、日々泥臭くもがいていく。いつの日か「Don’t think, feel」と言えるような専門職になるために、まだまだ鍛錬している道程である。


特集 ケアラー支援;新たな家族支援のあり方を考える

 私たちは現場でかかわりや支援を考えるとき、当然、クライアント本人にかかわろうとします。そのクライアントには、生活をさまざまな形で支えるサポーターがいます。例えば友人や仲間であったり、医療や福祉のスタッフであったり、成年後見人かもしれません。こうした人たちがさまざまな形で支えているわけですが、その多くはやはり「家族」です。

 私の仕事では、本人を必死で支えてきた家族が傷つけられる状況もいくつか見てきました。そのうえで、家族に支援者としての役割を求めざるを得ないこともありました。家族にもまた個々人としての人生があります。そのとき、ご家族が見せる表情や言葉には、「家族」というひとことでは言い表せない重みと哀しみを感じました。

 また、クライアントにとっても家族とは、味方で支えられる存在である一方、不安や傷つけ合い、対立する存在にもなり得ます。「早く退院したい」「こんな生き方がしたい」と訴えるクライアントの希望と、家族の希望が対立した結果、私たち支援者が家族と結びつき、「ご家族の意向だから」と応じることで、クライアント自身の生き方や自己決定が曲げられる状況もまた、少なからずあるのではないでしょうか。私がこうした場面に立ち会ったときに考え感じたのは、精神保健福祉士としてのあるべき立ち位置についてであり、さらに、この社会で精神障害を抱えた結果、クライアントと家族の双方はなお負担を強いられているという二つの現実でした。おそらく、まだ何かが足りていないのです。

 私たちのあるべき立ち位置は、クライアントを中心とするかかわりです。そのうえで、クライアントの向こう側に、家族をはじめとするサポーター、つまり「ケアラー」の存在を見つけ、支えることが、ひいてはクライアントを支えることにつながるのではないかと考えました。

 今回の特集では、私たちが精神保健福祉士として、現場でクライアントの向こう側にケアラーの存在を見つけているか、見つけたら何をすべきなのか、そして、ケアラーに対しシステムとしてサポートが必要なのか、これらを知るために、理論的な背景と、さまざまな現場でのPSWの先駆的な実践について集めてみました。
皆様のそれぞれの現場で議論の機会にとなれば幸いです。

(三品 竜浩)


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